150【悪夢1 悪夢の始まり】
残酷な描写、心を抉る展開があります。苦手な方はご注意下さい。
隣町を出てから1時間後――
「「着いたー!」」
――半年ぶりに我が家に帰って来た。父さん達は留守なのか、家からは物音がしない。
「父さん達いないのかな?」
「お店の看板は出てたよ? 奥にいるんじゃない? あ、それか、色々準備してるのかも……」
「準備? ……ぁ」
またしても今日が俺の誕生日であることを忘れていた。
(そっか。誕生日に帰る予定だったんだもんな)
俺は玄関の扉を開けずに大声を出した。
「ただいまー!」
もしパーティーの準備中なら俺を足止めするために父さんか母さんがやってくるだろう。そう思っていたのだが、家の中からは何の返事もなかった。
「あれ? いないのかな?」
「でも、看板は出てるよ? お昼寝してる……とか?」
「いや、誰も店番していないのは変だよ」
(何だろ……嫌な予感がする)
目の前の扉が急に不吉な物のように感じる。
(い、いや! 気のせいだ。きっと聞こえなかっただけだ!)
「父さんー! 母さんー! いないの? 開けちゃうよー?」
俺はさらに大声で叫んだが、返事はない。
これだけ叫んでも返事がないのだ。パーティーの準備中という事はないだろう。俺は意を決して玄関の扉を開ける。
「――!?」
扉を開けた瞬間、全身に悪寒が走った。五感で感じた情報を脳が処理する前に拒否反応を示したのだ。
(床が汚れてる……色々落ちてるし、母さんがこんなのほっとくわけない。それにかすかに感じるこの匂い……知ってる匂いだ)
盗賊達と戦った後に嗅いだ匂いと同じ。大量の血の匂いだ。
「ただいま! 帰ったよ! 父さん! 母さん! いないの?」
俺はもう一度声に出してみるが、いつも聞いていた『おかえり』という声は聞こえない。それどころか、静まり返った家からは何の生活音も聞こえなかった。聞こえるのはやけにうるさい自分の心臓の音だけだ。
(そんなわけない! そんなわけない!)
壁には真新しい傷がある。床は大勢に踏み荒らされたように汚れている。まるで、大勢の人間に押し入られたように。
(違う! 違う! そんなわけない! そんなわけないんだ!)
最悪の想像を頭から追い出し、俺は家の中に入って行く。家の中は、所々荒らされた跡があり、金目のものは何も残っていなかった。
(違う! 嫌だ! ありえない! だって……嫌だ!)
奥に進むと、だんだん血の匂いが濃くなってくる。そして見つけてしまった。
椅子にロープで縛り付けられている父さんの身体。その身体には左腕が無く、足元には血の池ができている。
複数の男に乱暴されたことがわかる母さんの身体。身体中に痛々しい痕があり、汚らわしい何かがこびりついている。
(あ……)
余りの光景に声を出すことが出来なかった。
(嘘だ……噓だ噓だ嘘だ嘘だ!)
だが、見てしまった以上、否定することは出来ない。
「いやぁぁあああー!!!」
俺の横でユリが叫んだ。
「そんな! なんで!? お父さん! お母さん!」
ユリが2人に駆け寄る。俺もユリに続いて2人の側に来た。
「嫌嫌嫌!! こんなの嫌! なんで! なんで!」
母さんに抱き着いてユリが泣き崩れる。俺は、椅子に縛り付けられた父さんの身体に触れた。
「……冷たい」
父さんに触れたはずなのに、ぬくもりを感じない。まるで、氷を触っているようだ。
「父さん……俺……魔法、修めたんだよ。色々魔道具も開発して……新しい特許も取って……」
父さんに話しかけているのに、返事をしてくれない。いつもなら、『凄い』って褒めてくれるのに……
「遠くにいる人に音声を届ける魔道具も作ったんだ。これがあればどこにいても会話できるよ。あ、母さんが喜びそうな魔道具も作ったんだよ。洗濯物を乾かす魔道具なんだ。これがあれば、洗濯が楽になるよ」
母さんに話を振っても、返事をしてくれない。いつもなら笑って応えてくれるのに……
「いろんな魔道具を作ったんだよ。話したいことがいっぱいあるんだ。だから……お願いだから……返事をしてよ……」
どんなに願っても2人が返事をしてくれることはない。それが、はっきり分かってしまった。
「ぁぁあああー!!」
感情のまま、口から声が出る。視界がぼやけ、自分が泣いていることに気付いた。
(なんで! なんで? なんでこんな事に!)
押し寄せてくる現実に自分を保つことが出来ない。身体が絶望に支配されていく。父さんの死体の前で俺は泣き崩れた。
どれくらいの時間が経っただろうか。どれだけ拒否しても変わらない状況に、ようやく少しだけ現実を受け入れられた。
「ユリ……2人を綺麗にしてあげよう」
「………………うん」
父さんを縛っているロープをユリに切ってもらい、床の綺麗な場所に寝かせてあげる。顔には父さんが大事にしていたハンカチをかけてあげた。
(このハンカチ……母さんが刺繡したものだって……宝物だって、父さん言ってたな)
母さんの身体にこびりついている汚らわしい物を、水で濡らした手拭いで拭いて、父さんの隣に寝かせてあげる。服はユリが母さんの部屋から持ってきた、母さんのお気に入りの服を着せてあげた。母さんの顔にもハンカチをかけてあげた。
(このハンカチは、父さんからプレゼントしてもらったって……とても大切なものだって母さん言ってたっけ)
ハンカチにはそれぞれ青いバラの刺繡が施されている。2人にとって青いバラは大切な物なのだ。
「お兄ちゃん、これ」
ユリが青いバラを2本持ってきた。裏庭から取ってきたのだろう。
「そうだね……1本ずつ」
「……うん」
父さんと母さんの胸の上に青いバラを1本ずつ置いた。
「これからどうするの?」
「……分からない」
家族が死んだ時、どうすればいいかなんて知らない。前世の記憶にも、そんな経験はなかった。
「マナの両親に相談してみよう。力になってくれるかも」
「……そう、だね」
俺達だけじゃどうする事も出来ない。ならば、大人を頼るべきだろう。そう思い、マナの家に向かおうとした瞬間だった。
ガチャ
玄関の扉を開く音が聞こえた。
「――っ! お兄ちゃん!」
「――ああ!」
複数の人間が家に入ってくる音が聞こえてくる。どう考えても友好的な連中とは思えない。
俺は魔法銃を、ユリは剣を構えて侵入者が来るのを待った。