121.【王都出店3 『ソバ』の食べ方】
「お待たせー。ご注文のソバ2つだよ。こっちの『つゆ』に付けて食べてね。本当はこのハシで食べるんだけど、慣れないとなかなか難しいんだ。常連さん以外はこっちのフォークを使ってるよ」
そう言って俺とユリの前にソバを置いてくれる。見た目は、まんま前世の『ざるそば』だった。その前には箸とフォークが置かれている。
(確かになれないと箸って使いにくいよな。でもここはやっぱり箸で食べたい!)
元日本人の血が騒ぐ。
「「いただきます!」」
ユリは先ほどピリムさんに教えられた通り、フォークを使ってソバをつゆにつけていた。俺は箸を使いソバをつゆにつけて勢いよく啜る。『ずずっ』と音を立ててソバとつゆが口に入ってきた。
(これだよこれ!)
食感といい、風味といい、前世で食べた蕎麦そのものだ。懐かしい食感を存分に堪能する。
「「え!?」」
ふと顔を上げると引いた顔のユリと驚いた顔のピリムさんがこちらを見ていた。
「え、何? どうしたの?」
「お兄ちゃん、音を立てるなんて、はしたない」
そういえば、『食べ方』については教わったけど、『啜り方』までは教わってなかった気がする。基本的に音を立てて食事をするのはマナー違反だ。
(しまった……でもせっかくのソバなんだ。この食べ方で食べたい……)
何も言えなくなってしまった俺の横でピリムさんが助け舟を出してくれた。
「あ、言い忘れてたけど、ソバは音を立てて啜っていいんだよ。むしろ、それが正しい食べ方なんだ。啜ることで、より香りを楽しめるのさ。もちろん、抵抗があったら啜らなくてもいいよ」
予想外の食べ方にユリはびっくりしている。
(助かった……兄の威厳が失墜するところだった。ピリムさん、ありがとう!)
「アレン君は知ってたみたいだけど……よく知ってたねぇ。ハシの使い方も知ってたみたいだし?」
ピリムさんの俺を見つめる視線が鋭くなる。助け舟が一瞬にして、敵艦になってしまった。
「あ……その……まぁ……はい……一応商人なので」
良い言い訳が思いつかず、言葉を濁す。
「ああ、いや、アレン君を責めているわけじゃないんだ。でも、ソバの特許権はうちが持っていて、ここ以外では食べられないんだよねぇ。無許可の店舗でもない限り!」
ピリムさんの眼がさらに鋭くなった。無許可の店舗を俺が知っていると思ったのだろう。『盗作を許すと、開発者が逃げてしまう。ゆえに、盗作は国家の発展を脅かす行為だ』との理念の下、この国では特許権の侵害は重罪と定められている。
周りの視線が俺達に集中してきた。これ以上騒ぎを大きくするのは、色々な意味でよくない。俺は必死に頭を働かせる。
「無許可の店舗なんて知りませんよ。ソバを食べたのは今日が初めてです。ただ、ソバの事はモーリス王子に聞いていました」
これは嘘ではない。王都にソバが食べられる店がある事はモーリス王子に聞いた事がある。
「モーリス王子に? ……あ、思い出したよ! クランフォードって、モーリス王子がロイヤルワラントを授与された商会の名前じゃないか! なるほどなるほど……」
ピリムさんの眼から鋭さが消えた。どうやら信じてもらえたようだ。
「話を聞いた時は驚いたんですが、実際にやってみると美味しいですね。モーリス王子は良くお店に来られるんですか?」
「ああ。お忍びでちょくちょく来られるよ。そう言えば、モーリス王子も最初からハシも上手に使いこなされていたね」
鋭い指摘に思わず動揺しそうになるが、ピリムさんはあまり気にしていないようでそのまま話を続ける。
「メン料理を大層気に入ってくださったみたいでね。うちの従業員に『王宮の料理人にならないか』って打診される程さ」
「凄いじゃないですか! ……あれ、でもじゃあなんで、お忍びで?」
「いやぁ、ありがたいお話しなんだけど、お断りしたんだよ。メン料理を作れる人は少なくてね。王宮の料理人になったら一般の人にメン料理を提供できなくなっちまう。それはご先祖様の意に反するのさ」
「ああ、なるほど。それで……」
「そういう事さ。でも、そこでお忍びで来て下さるのが、モーリス王子の素晴らしい所だと思わないかい?」
確かに、王族の権力をもってすれば、料理人を王宮に召し抱えるくらい強引に出来るだろう。
「そうですね。王族らしくなくてある意味、モーリス王子らしいです」
「そうだね。いやぁ、それにしても、問い詰めちゃって悪かったね。うちのメン料理は昔から盗作する輩が多くてね。しかも、『自分がオリジナルだ』とか、『故郷に伝わるメニューだ』とか主張してくるんだ。いやになるよ」
(それって……転生者が自分の知識チートのつもりで麺料理を作ったんじゃ)
嫌な心当たりがある俺は、こっそりと安堵していた。
(転生者ってそこそこいるんだな。リバーシやチェスが開発されていなくて助かった)
「ああ、愚痴まで聞かせちまって悪かったね。今日のお代はサービスするから許しておくれ」
誤解を招くような行動をした自覚のある俺は『大丈夫です』と笑って答える。なにより今後、お隣さんになるのだ。ぜひ仲良くしてもらいたい。
誤解も解けたので、改めて俺達はソバを堪能する。ユリは途中から俺をマネして箸を使い始めた。最初は苦戦していたが、もともと指先が器用なのだろう。食べ終わるころには、ソバを摘まめるようになっていた。