115.【ロイヤルワラント授与6 王子達への挨拶】
女性軽視な台詞があります。苦手な方はご注意ください。
「ご丁寧にありがとうございます。クランフォード商会会頭のルークです。こちらこそ、よろしくお願い致します」
父さんが無難な挨拶を返す。
「いやぁそれにしても、リバーシやチェスは面白いですね。遊具として初めて『ロイヤルワラント』を授与されるだけの事はある」
「ありがとうございます。過分な評価に感謝致します」
「創立して1年目で西側の貴族にまで販路を広げつつあるのも素晴らしい。大変だったでしょう?」
「販路についてはアナベーラ会頭にご協力頂きましたので。我々だけではとてもとても」
露店でミッシェルさんに会っていなかったら今頃どうなっていたか分からない。少なくとも今日この場にはいなかっただろう。手作りのリバーシを売っていた頃が懐かしい。
「なるほど! しかし、アナベーラ商会と言えど、西側の貴族への販促は十分ではないようですね。これだけ面白い遊具を知らないという貴族が幾人かいましたよ」
「いえ、アナベーラ商会はよくやってくれています。販促が行き渡っていないのは、我々の生産が追い付いていないからでしょう。お恥ずかしい話ですが、我々の予想をはるかに上回る売れ行きを見せておりましてね。特に貴族の方々向けの商品は品薄状態なのです」
これは半分嘘だ。確かに品薄状態になってはいたが、すでに生産量は増やしている。
父さんの言葉を聞いて、ようやく俺もサーカイル王子の狙いに気が付いた。要は、『西側への販売に一枚かませろ』と言いたいのだろう。それに対し、父さんは『アナベーラ商会に売ってる分だけで生産が追い付いていないから、サーカイル王子に売る分はない』と牽制したのだ。
(王子相手に嘘ついて大丈夫なのかな? まぁ、明確に嘘なわけじゃないけど……)
俺の心配をよそに2人の会話は続いていく。
「それならば、販売価格を上げてみてはどうでしょう? 高値でも欲しがる方はいます。何なら、紹介しますよ?」
「ありがとうございます。ですが、今でも十分な利益は出ております。これ以上価格を上げる予定はありません」
表面上、にこやかな会話が続いているが、思い通りにならない展開に、サーカイル王子が焦れているのが伝わってくる。
「そうそう、忘れていましたよ。『整形』! あれもすばらしい! 傷跡がある者にとって、まさに救いの神ですな」
「ありがとうございます。シャル王女のお力添えがあって完成した技術です」
「今までは皆、半信半疑だったようですが、これからは、依頼者が殺到するでしょう。どうです? 『整形』の専用施設を作ってみては?」
『整形』の技術の詳細は、悪用を避けるため『秘匿特許』として登録していた。シャル王女が後ろ盾となってくれているので、無理に詳細を聞き出そうとするものはいないが、金儲けの手段として使おうとしてくる者は後を絶たない。『人手が足りないでしょう? 施設を作ってみては?』という言葉は正直、聞き飽きていた。
「申し訳ありません。『整形』の技術については、シャル王女が全ての権利を持っています。我々には施設を作る権限はないのですよ」
父さんがいつもと同じセリフを返す。
「そう、ですか……それは残念です」
シャル王女の名前を出すと、皆引き下がるのだ。それは王子と言えど、同じらしい。
「ご期待に沿えず申し訳ありません」
「いえいえ。何かお困りの事があったらいつでも声をかけてくださいね」
「心強いお言葉に感謝致します」
こうして、第二王子への挨拶も終了した。
(なんか……王子への挨拶というより、商人への挨拶って感じだったな)
話した内容が利権に関する事のみで『王子』と話した気がしないのだ。
(まぁいいや……これで、王家への挨拶は終了かな?)
そう思っていたのだが、父さんは第一王子の前にひざまずいた。慌てて俺達も父さんに続く。
「どうした? ファミール侯爵の所に行かぬのか?」
「まだ、カミール王子に挨拶しておりません。どうして、御前を去れましょうか」
「……ちっ」
カミール王子が舌打ちをしたことで、ようやく俺は状況を理解する。
側室と父さんが会話をしていた時、カミール王子が割り込んできたので、カミール王子と『会話』はしていたが、『挨拶』はしていない。このまま、この場を去ると、俺達は『カミール王子に挨拶をしなかった』無礼な商人という事になってしまう。
(あっぶな……ってか、もしかしてカミール王子はそれを狙ってた?)
不機嫌そうに父さんを見つめながら、カミール王子が言葉を発する。
「第一王子のカミール=ルーヴァルデンだ。特に話す事はない。ああ、その3人を我の後宮に入れるというなら話を聞いてやらんでもないぞ」
「――!?」
(3人って……まさか、母さんとクリスとユリの事か!?)
あまりの要求に相手が王子である事を忘れて怒鳴りそうになる。
「お断りします。3人とも大切な家族ですので」
丁寧な口調ではあるが、王族に対するには若干無礼な言葉で父さんがきっぱりと断った。
「家族? クリスは貴様らの家族ではないだろう?」
「……ブリスタ子爵令嬢は私の息子の婚約者です。家族と言っても過言ではありません」
「……ふんっ! ならば、イリスだけでも構わんぞ。イリーガル家の女はなかなかいいと聞く。貴様は十分に堪能したであろう? どうせなら有効活用してはどうだ?」
「――っ!!」
「――お断ります! お話しされる事はないとの事ですので、御前を失礼します!」
そう言い残し、父さんはその場を後にする。我慢の限界だった俺も理性を総動員して、何とかその後に続く。そんな俺達をカミール王子がニタニタといやらしい笑みを浮かべながら見つめていた
王家の前から完全に離れてから、父さんは立ち止まって俺達に向き直る。
「ふー……皆、すまんな。どうしても冷静でいられなかった」
そう言って父さんは謝ったが、十分冷静だったと思う。俺だったら怒鳴っていたかもしれない。
「仕方ないわよ。馬鹿に払う礼儀は無いわ」
俺達にしか聞こえない声で母さんが言った。母さんも我慢の限界だったようで、その顔は無表情を通り越して、逆に笑みを浮かべている。
「あの王子の視線、気持ち悪かった……」
「下心しか感じなかった……です」
母さんとのトレーニングで色々察することが出来るようになったユリとバミューダ君にとって、カミール王子の視線は耐えがたい物だったようだ。2人共心底気持ち悪そうにしていた。
「そうです。むしろ、嬉しいお言葉でした。ありがとうございます」
唯一、クリスは笑みを浮かべている。カミール王子の事がどうでもよくなるほど、『家族』と言ってもらえたことが嬉しかったようだ。
「そうだよ。父さんは何も悪くない。気にしないで」
実際、王家の元を離れた俺達を見る貴族の視線に批判的なものは無かった。むしろ、同情的な視線が多いくらいだ。
(それにしても……モーリス王子の言う通り、カミール王子は脳みそが下半身にあって、サーカイル王子は利権の事しか頭にないんだな)
モーリス王子が『兄達に国は任せられない』というのも理解できる。改めて、モーリス王子を支援することを心に決めて、俺達はファミール侯爵の所へと向かった。