112.【ロイヤルワラント授与3 パーティー開始前】
「アレン、アレン起きてください」
クリスの声に目を覚ます。
「クリス? あれ? えっと……」
「おはようございます。もう少しでパーティーが始まる時間ですよ。そろそろ着替えてください」
どうやらソファーに座ったまま眠ってしまったらしい。自分で思っている以上に疲れていたようだ。
「そっか……うん、分かった。起こしてくれてありが――」
起き上がろうと前を見ると、パーティー用に着飾ったクリスが目の前にいた。ドレスは、今日に合わせて俺がプレゼントした水色のドレスを着ていたが、俺の想像以上に輝いて見える。
「凄い……凄く似合ってる。めちゃ綺麗」
「え? あ、ありがとうございます」
思わずつぶやいた俺の声に反応してクリスが赤面する。
(なんだろ? 元から可愛かったけど前より明らかに綺麗になってる……)
俺がクリスを見つめていると、隣からユリが声をかけてきた。
「ほら、お兄ちゃん! 私がコーディネートしたクリス様に見惚れるのもいいけどお兄ちゃんもそろそろ準備して! ほら、こっちに着替え用意したから!」
「あ、ああ。……ってちょっと待って! クリスのドレスを選んだのは俺だぞ!」
(色々ユリにアドバイスはもらったけど……でも、店に行ってドレスを選んだのは俺だぞ!)
「分かってるって。お兄ちゃんにしては、珍しくちゃんとクリス様に合うドレスを選んだから驚いたよ。でも、お兄ちゃん、クリス様の持ってるアクセサリーと合うかは考えなかったでしょ?」
「そんなことないぞ。ちゃんと胸元に黒いブローチを付けても似合うように――」
「――ブローチは、ね。髪飾りやイヤリングは?」
「う……」
「ネックレスやブレスレットは?」
「ぅぅ……」
ユリの言う通り、そこまでは考えていなかった。
(ってか、そこまで考えなきゃいけないのか!? 難しすぎる……)
クリスに合うドレスを選ぶのにもかなり苦労したのだ。アクセサリーの事まで考えて贈るとなると、合うドレスを贈れる自信が無い。
「ふふふ。ユリ様、あんまりアレンをいじめないでくださいな。アレン、普通、そんな事まで気にしてドレスを贈る男性はいませんよ」
「え? そうなの?」
「ええ。相手が持っているアクセサリーを把握しておくなんて夫婦ですら難しいですから」
(確かに……相手が持っているアクセサリーを把握してなきゃそれにあったドレスを贈るなんてできないもんな……。なんだ、良かった……)
「そうだよ、お兄ちゃん。普通はね、ドレスと一緒にアクセサリーも贈るの」
「……え?」
「ゆ、ユリ様!」
クリスが慌てている。という事は、本当にアクセサリーも俺が送らなければならなかったのだろう。
「クリス様、甘やかしちゃダメです。言うべき事はちゃんと言わないと。次もドレスだけ贈られちゃいますよ? いい、お兄ちゃん? 今回は私が選んだけど、次からはお兄ちゃんがアクセサリーまで選ぶんだからね? ちゃんと今のクリス様を見ておくように!」
「は、はい!」
「あ、あの……アレン? あんまり気にしないでくださいね。ここまで見事にコーディネートできる方はプロでもなかなかいないですから」
「うん。……でも、負けたくないんだ」
正直、ユリが選んだアクセサリー類はどれも見事にドレスと調和していて次回から同じように選べる自信はない。それでも、クリスに一番似合う物を贈るのは俺でいたかった。
「ふふ。頑張ってね、お兄ちゃん。ただ、先に着替えて来なよ。パーティー始まっちゃうよ?」
「あ……そうだね。行ってくる!」
クリスの姿を目に焼き付けるのに必死だった俺は、慌てて更衣室に向かう。とは言っても、パーティー開始までは十分時間がある。クリスが選んでくれた服に着替えて、お揃いのブローチを付けてから、クリス達の元へ戻った。
しばらく皆で談笑していると、控室に案内役の男性の声が響き渡る。
「間もなくパーティーが開始されます。パーティー会場へご移動をお願いします」
「よし、皆準備は良いな? 行くぞ」
案内役の男性を先頭に、俺達はパーティー会場へ向かう。
「こちらがパーティー会場です。王族の方々が来られ次第、パーティーが始まりますので、中でお待ちください」
パーティーの主賓扱いである俺達の入場は、王族を除いて最後だったらしい。案内されたパーティー会場にはすでに多くの貴族達が待機していた。皆、授与式の時とは違い、きらびやかな装いになっている。
俺達が入場すると、何人かはこちらを見てくるものの、声をかけてくる者はいなかった。
「まだ、俺達との適切な距離が分からないんだ。この距離を縮める事が今日のパーティーの目的だな」
父さんが俺達にだけ聞こえる声で囁く。
「アレン、パーティーの流れは覚えているな?」
「もちろん覚えてるよ」
「そうか。最初の2回が肝心だ。頑張るぞ」
「うん」
パーティーの流れとは、王族が来られて国王が開始の挨拶をした後、順番に挨拶をしていくという物だ。これが簡単なようでとても難しく、パーティーの全てと言っても過言ではない。
というのも、貴族達はこのパーティーで俺達がどう動くのかに注目しており、俺達がどの順番で挨拶をしたかは周囲に伝わってしまう。通常、自分達にとって、大切な人から順番に挨拶をするため、俺達がどの貴族と繋がりがあるのか、もしくは繋がりを持ちたいのかが明確になってしまうのだ。
そして、父さんの言う通り、最初の2回は特別大きな意味を持つ。
1回目は誰もが必ず、王族へ挨拶するので、順番は関係ないのだが、この時の対応で王族が俺達の事をどう思っているかが分かる。俺達はモーリス王子の推薦で『ロイヤルワラント』を授与されたが、他の王族がそれをどう思っているかによって、俺達の価値は大きく変わってくのだ。
そして、2回目は王妃の生家であるファミール侯爵家か側室の生家であるバージス公爵家に挨拶に行くのが主流だ。これにより、自分達が王妃派か側室派かを周りにアピールする。
普通に考えれば、モーリス王子から推薦されている俺達は王妃派に属することになるのだが、父さん曰く、そう簡単な話ではないらしい。
「間もなく、王族がご入場されます! 皆様、ご準備をお願いします!」
会場に男性の声が響き渡ると、会場内が一気に静まり返った。皆、扉の方を向いて頭を下げる。
それを確認した男性が再び声を張り上げた。
「国王陛下、ならびに王家の皆様のご入場です!」
扉が開いて王族が入場してくる。頭を下げたままなので、はっきりとは分からないが、国王と、正妻、側室、そして王子達が入場したようだ。王族が会場の一番奥に着くまでそのままの姿勢で待機した。
「面を上げよ」
国王から許可が出たので、頭を上げる。
「これより、パーティーを開始する。心行くまで楽しむがよい」
国王の宣言の元、パーティーが開始された。