109.【謁見6 婚約の理由】
「父さん! 母さん!」
2人共ソファーに座っていたため倒れこむようなことはなかったが、完全に気を失っているようだ。
(ど、どうする!? どうすればいい!?)
両親が気絶してしまうという初めての経験にパニックになりかける。
「お兄ちゃん!」
ユリが何かを指差しながら俺を呼んだ。ユリの指さした先を見ると、案内人の男性が机を指差して何かを叫んでいる。
(なんだ? 机? あ、防音の魔道具!)
防音の魔道具のせいで、男性の声は聞こえなかったが、恐らく魔道具を切れと言っているのだろう。
反射的に魔道具を切ると、男性がこちらにやって来た。
「失礼します!」
男性は小瓶を取り出すと父さんの顔に近づけた。
「着付け薬です。これで目を覚ますかと……」
「……………………ごほっ! がっ!」
「父さん!」
父さんが回復したことを確認すると、続けて小瓶を母さんに近づける。
「……………………ぶはっ! はっ!」
「母さんも……良かったぁ……」
母さんが回復したことを確認して、男性は小瓶を懐にしまった。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ。王族と謁見された方が気絶してしまう事はよくありますので、お気になさらず」
(それで着付け薬を常備してたのか……)
王族と謁見した後、緊張が解けた瞬間に気絶してしまう気持ちは分からなくはない。
「そういえば、なぜ防音の魔道具を切るように指示したのですか? 防音の魔道具に人の出入りを制限する機能はなかったはずですが……」
「我々は防音の魔道具の起動中は効果範囲内に入ってはいけない決まりがあります。人命にかかわる場合はこの限りではありませんが、単に気絶されただけの場合は、勝手に入るわけにはいかないのです」
防音の魔道具は効果範囲内に入ると会話が聞こえてしまう。そのため、効果範囲内への立ち入りを禁止する決まりがあるのだろう。
「そうだったんですね……すみません。すぐに魔道具を切ればよかったのですが……」
「いえ、魔道具を切って頂けて助かりました。お二人とも大丈夫ですか?」
男性が父さん達に聞いた。
「え、ええ。お手数をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「お見苦しい所をお見せしました」
「いえ、お気になさらず」
そう言い残し、男性は部屋の隅に戻っていく。
「ふー……よし。それでアレン。『ロイヤルワラント』って……まじか?」
父さんが再び防音の魔道具を起動してから聞いてきた。
「まじだよ。遊具に対して『ロイヤルワラント』が与えられたことはないからちょうどいいって」
「お、おぉ……そうか」
「まぁ……モーリス王子らしいと言えばらしいわね」
「だが、そうなると……ああ、なるほど。それでシャル様はあんなことを……」
「え? 何の話?」
「お前とクリス様の婚約の事だよ。もしそれが無かったら……国中の未婚女性がお前に押しかけて来ただろうな」
「……は?」
「成功した商人ってのはな、女性からしたら『優良物件』なんだよ。特に平民女性からしたら『手の届きうる現実的な最優良物件』だ」
平民女性が貴族に見初められたとしても、せいぜい愛妾になるのが関の山だ。側室も厳しいだろう。物語なら正妻になれるかもしれないが、現実はそんなに甘くない。
その点、商人はいくら成功していようと、平民である。平民女性を正妻にしても何ら不思議ではない。経済的にも裕福なのだから、『手の届きうる現実的な最優良物件』というのも分かる。
「まぁ、クリス様が正式に婚約者になってくださったから、そこまで大事にはならないとは思うが、側室でも構わないって女性も多いだろうからな……アレン。本当にマジで気を付けろ? 追い詰められた女性は一服盛るくらい平気でやるからな? 毒は魔道具で防げるが、媚薬や睡眠薬だと防げない場合があるからな。知らない人からもらった物は絶対口にするんじゃないぞ」
一服盛って……その後何をされるのだろうか。気にはなるが、聞くのが怖い。
「わ、分かった……気を付けるよ」
「ああ。それと出来るなら常に誰かと一緒にいろ。誘拐されて既成事実を作られたら面倒だぞ。いきなり『お腹にあなたの子が!』とか押しかけられるんだ……そうなると弁明するのが大変だぞ」
「わ、分かった」
(なんだろう。注意が妙に具体的な気が……)
「あったわね、そんなこと。でも、私はあなたを信じてたわよ?」
「……その割には、眼が笑ってなかったぞ」
「あらあら。そうだったかしら? うふふふ」
(やっぱり父さんの実体験か!)
母さんが笑っているが、俺は背筋が氷る思いだった。
「大丈夫ですよ、アレン。アレンはわたくしが守ります」
「うん! 私も頑張るよ!」
「僕もお兄ちゃん、守る! ……です!」
クリス、ユリ、バミューダ君が頼もしい事を言ってくれる。
(って、おかしくない!? この前のデートからクリスがイケメン過ぎるんだが……母さんの影響でも受けてるのかな?)
ちなみに、ユリは、母さんのトレーニングのおかげで今やもう、俺より運動能力が高い。情けないが、『守る』と言われても何も言い返せない。
バミューダ君は言わずもがなだ。
「皆……ありがとう」
その後、十分休憩した俺達は下城して、宿に戻った。
そこからの日々はあっという間だった。
最初はまだ平和だった。貴族向けのリバーシとチェスをモーリス王子に献上したり、王妃様から依頼された『整形』をこなすため、マリーナさんを連れて再度王宮を訪れたり、傷を治した女性達から求婚されたりと色々あったが、間違いなく平和だった。
しかし、授与式が近づくにつれ俺が『ロイヤルワラント』を授与されることを知った平民女性が、クランフォード商会の支店に押しかけて来たのだ。中でも店長室に押し入った女性がいきなり服を脱ぎだした時は大変だった。異変に気付いたマナが、すぐにクリスとユリを呼んでくれて、2人が女性を取り押さえてくれたので大事には至らなかったが、あのまま誰も気づかなかったらどうなっていたか……考えるのも恐ろしい。
他にも住居に侵入されたり、寝込みを襲われたり、食事に媚薬を混ぜられたりとかなり過激な事をされたが、従業員の皆が俺を守ってくれた。皆がいなかったら、俺はどこかで壊れていたかもしれない。
そして、『ロイヤルワラント』を授与される日がやってくる。
本当は『ロイヤルワラント』を授与されるまでの日々についても細かく書きたかったのですが、本編にあまり関係ないので割愛しました。いずれ、番外編で書くかもです。
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