104.【謁見1 謁見に向けて】
ケーキ屋さんを出た俺達は、馬車で宿に向かっていた。少し早かったが『アーン』によって、お互い十分満足したため、今日はここまでという事になったのだ。
「どうでしたか? わたくしのエスコートは?」
「めちゃくちゃ楽しかったよ。ありがとう」
「そうですか……初めてのエスコートなので、楽しんでいただけるか不安でしたが、楽しんで頂けたなら良かったです」
(むしろ俺のエスコートより、上手だったような……)
事前に行先を決めておきながら、相手のリクエストも組み込んで『おもてなし』の心を忘れない。クリスらしい最高のエスコートだった。
「あ!」
「?」
馬車の窓から外を見ていたクリスが突然声を上げる。
「どうしたの?」
「いえ、その……アレン、あそこに何か見えますか?」
クリスが古びたお店を指しながら聞いてきた。
「古いお店が見えるけど……」
「……そうですか。すみません、見間違いだったようです」
「?」
よくよく見ると、そこはシャル様と散策した時にも前を通ったお店だった。
(という事はもうすぐ宿か……)
十分に満足できるデートだったが、やはり終わってしまうのは寂しい。
「今日は本当にありがとね。楽しかったよ」
「こちらこそ。ありがとうございました」
「次は俺がエスコートしたいな」
「あら? 次もわたくしがエスコートしてもいいですよ?」
「……はまったの?」
「ふふふ。内緒です」
クリスは可愛らしく笑っていたが、俺は母さんが言っていた『結婚したら尻に敷かれそう』という言葉が頭の中で反響していた。
宿に戻ると、父さんが出迎えてくれる。
「おかえり、アレン。さっき王宮から使いの方が来られてな。俺達の謁見の時間が決まったぞ」
(いよいよか!)
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
「いつになったの?」
「それがな……明日の午後1時だ」
「……早くない?」
謁見には双方の準備の時間もがかかるため、午後から行われることが多い。昨日、王都に着いた俺達が明日の午後1時に謁見するというのは、可能な範囲で一番早い時間での謁見となる。断じて一商人と謁見する時に設定する時間ではない。
「正直、異例なほど早い。かなりの特別対応と言っていいだろうな。それだけ、モーリス王子が早く会いたがっているって事だ」
「そっか……分かった。ありがとう」
予想より早い謁見になったが、不思議と焦りはない。むしろ、転生者の可能性が高いモーリス王子と会うのが楽しみになっていた。
翌日、俺達は朝から謁見の準備を始める。国王への謁見ではなく、王子への謁見なので、それほど着飾る必要はないらしいが、それでも準備に時間はかかる。特に女性陣は慌ただしく動いていた。
昼食代わりの軽食を食べてから宿を出る。宿の外では豪華な馬車が待機していた。
「アレン=クランフォード様とご家族様ですね」
馬車の前にいた執事服の男性に話しかけられる。
「はい、そうです」
「お待ちしておりました。モーリス王子の命により、皆様を王宮へご案内させて頂きます。どうぞ、馬車にお乗りください」
よく見ると馬車には鷹の紋章が刻まれていた。鷹は王家の紋章であり、この国では重大な意味を持つ。偽装すれば、極刑は免れない。
「承知しましたよろしくお願いします」
俺達は馬車に乗り込むと、馬車が動き出す。
「ほとんど揺れない……」
「流石、王宮の馬車ですね」
「本当ね……でも、昔は王宮の馬車も揺れたのよ」
俺とクリスが感動していると、母さんが指摘した。
(母さん、王宮の馬車に乗ったことあるんだ……)
「おそらくだが、モーリス王子が発明された『さすぺんしょん』のおかげじゃないかな? まだ実験段階だが、少しずつ実装されているらしい」
王都に来てから、色々情報収集していたらしい父さんが答える。
「『さすぺんしょん』? どういう物なの?」
「詳しい仕組みは分からなかったんだが、『車軸に付けて馬車の揺れを抑える物』らしいぞ」
「まぁ……それは素晴らしいわね。馬車に長時間乗っていると、どうしてもお尻が……ね」
「クッションあったけどお尻痛かった……です。そんな画期的な物を開発するなんて……モーリス王子様はまるでお兄ちゃんみたい……です」
「あはは……」
何気ないバミューダ君の言葉に、俺は曖昧に笑う事しか出来なかった。
「間もなく、王宮に入ります。皆様、ご準備をお願い致します」
御者さんに声を掛けられた俺達はお互いに身だしなみを確認する。
「うん、クリス様は大丈夫です。お兄ちゃんはブローチがずれちゃってるよ……はい、これで大丈夫!」
俺の服装は、昨日、クリスとユリが話し合って決めてくれたものだ。
クリスは以前から付けていた黒いブローチを、俺はブリスタ領で購入した青いブローチを付けており、それにあった服装となっている。お互いがお互いの色を付けることで、婚約者であることをアピールしつつ、礼を失しない服装にしてくれたのだ。
「王宮に着きました。足元に気を付けてお降りください」
御者さんに言われて馬車を降りると、目の前に王宮がそびえ建っていた。
「どうぞ、こちらです」
先ほどの執事服の男性が先導してくれる。男性の後に続いて王宮に入ると、今まで見た事がないような大きさの装飾品が目に入ってきた。
事前にクリスから『王宮は王族の威厳を示すために、とても大きな装飾品が飾られています』と聞いていなかったら、圧倒されていたかもしれない。それほど大きな絵画や花瓶が飾られていた。それでいて、下品な感じはしないのだから、さすがは王宮といったところだろう。
「こちらで少々お待ちください」
案内された部屋は、広く豪華ではあるものの、机とソファーが置かれた、一般的な応接室に近い部屋だった。
(もっと、仰々しい場所を想像してたけど……これだと、俺達と王子が対等にならないか?)
一応部屋の奥が上座になるものの、置かれたソファーには高低差が無い。そのため、平民が王族に謁見する部屋としては不適切と言わざるを得ない。
「これは……どうすればいいんだ? クリス様、分かりますか?」
「奥のソファにモーリス王子が座って頂くとして……通常ですと、わたくし達は床にひれ伏す形になりますが……ソファがあるのでそれは無理ですね。となると、わたくし達もソファに座るべきなのですが、それはあまりにも……」
「ですよね……」
父さんとクリスも困ってしまっている。
「とりあえずソファの後ろに立って待つか……。皆、昨日言った事は覚えているな」
父さんが俺と、ユリ、バミューダ君を見て言った。昨日、父さんから王族と挨拶する際の礼儀作法について聞いていたのだ。
「大丈夫だよ」
「私も大丈夫!」
「だ、大丈夫……で、です!」
ユリはこの状況を楽しんでいるようだが、バミューダ君は緊張の余り、カチコチになってしまっている。バミューダ君の緊張を解いてあげたいが、どうすればいいか分からない。
(まぁ、バミューダ君が何かを話すことはないし、大丈夫かな。ってか、この反応が普通だよな。ユリが豪胆過ぎる……)
そうこうする内に、部屋のドアがノックされ、先ほどの男性が入ってきた。
「モーリス王子がお見えになりました。準備はよろしいですね」
「ありがとうございます。大丈夫です」
父さんが答えてから、片膝をついて部屋の入口に向かって頭を下げる。俺達も父さんと同じ姿勢を取った。
「……結構です」
男性も壁際へ移動してから頭を下げる。少しすると人が入ってきてソファの方へ移動する気配を感じたが、許可があるまで頭を上げるわけにはいかない。
「(はぁ、僕相手にそこまでしなくてもいいのに)ボソッ……面を上げよ!」
ソファの方から声がしたので、そちらへ向き直り、頭だけ上げる。
「遠路はるばるよく来られたな。余の名はモーリス=ルーヴァルデン。この国の第3王子である。挨拶は後でよいのでまずは――」
モーリス王子は俺達を見渡して言った。
「――話しにくいので、ソファに座ってくれ」
次回、いよいよ謁見開始です。