103.【デート3 ケーキ屋さん】
遅くなりました!
投票に行ったあと、色々寄り道していたらこんな時間に……申し訳ありません。
洋服屋さんを出た俺達は馬車に乗り込んだ。
「いやー楽しかった。洋服屋さんがこんなに楽しい所だとは思わなかったよ」
「楽しんで頂けたなら何よりです。ところでアレン、お腹は空いていませんか?」
「え? あーそういえば空いてきたかも……今何時だろ?」
「ちょうどお昼時です。この先に美味しいお肉屋さんがありますので、そこに行きませんか?」
「いいね! 行こう!」
「はい! それでは御者さん、お願いします」
クリスの合図で馬車が走り出す。
「よく行くお店なの?」
「そうですね。王都に来た時は利用することが多いです。お父様もアレンと同じでお肉が好きですから」
「――! ……覚えててくれたんだ」
「当然です」
クリスが可愛らしいく胸を張る。ドヤ顔になっている所もまた、可愛らしい。
以前、ブリスタ子爵邸にお世話になっていた時にブリスタ子爵と『お肉が好き』と話したことがある。何気ない一言を覚えていてくれたのだ。
先ほどクリスは、御者さんにお肉屋さんの詳しい場所を伝えていなかった。それでも馬車が走り出したのは、あらかじめ目的地を伝えていたからだろう。
(俺の好みに合わせてあらかじめ店を決めておいたってことだよな。やばい、嬉しい……)
顔がにやけてしまう。
お店に着くとまたしてもクリスがエスコートしてくれる。注文も俺の好みを聞きながら、クリスがしてくれた。よくわからない名前の料理が多かったのでありがたい。
そして、運ばれてきた料理は、どれも俺好みのもので、非常に美味だった。クリスとブリスタ子爵がよく利用すると言っていたのも納得だ。
食事中に紳士的な男性に話しかけられた。
「お食事中に失礼します。私、この店のオーナーをしております、ナリスと申します。ブリスタ子爵令嬢におかれましては、お久しぶりでございます」
「ナリス様! お久しぶりです。いつも美味しい料理をありがとうございます」
「過分なご評価を頂き、光栄です。あの、こちらの方はもしかして……」
「あ、申し遅れました。クリスの婚約者のアレン=クランフォードと申します」
「やはりそうでしたか! ブリスタ子爵令嬢にもついに婚約者が……おめでとうございます。ささやかではありますが、お礼として、本日のお食事はサービスさせて頂きますね」
「まぁ、ありがとうございます」
「いえいえ。それでは、ごゆっくりお楽しみください」
一礼して、ナリスさんは店の奥に戻っていった。
「いいお店だね。また来たいな」
「ええ。またご一緒しましょう」
食事を堪能した俺達は、見送りをしてくれたナリスさんにお礼を言ってお肉屋さんを後にした。
その後もアクセサリー屋さんや靴屋さんなどをエスコートしてもらう。最後に、古びたお店の前を通り過ぎたあたりで、クリスが俺に聞いてきた。
「さて、色々回りましたが、他に行きたいところはありますか?」
「実は気になっているところがあるんだけど……いい?」
「もちろんです。相手の行きたいところに行くのもエスコートの基本ですから」
「ふふ、ありがとう。それじゃ――」
俺は御者さんに行先を伝えた。しばらくすると馬車が目的地に着く。
「着いたみたいだね」
「ここは……」
「……俺、お肉も好きなんだけど甘い物も好きなんだ」
俺が行きたいと言ったのは、ユリから聞いていたケーキ屋さんだ。
「……ユリ様から何か聞きました?」
(鋭い!)
「さ、さあ? ナンノコトカワカラナイナ」
自分でもはっきり分かる棒読みになってしまった。
「ぷっ。ふふふ。アレンは優しいですね」
「うぅ……」
「ありがとうございます。入りましょうか。さ、お手をどうぞ」
(エスコートしてもらうのにもすっかり慣れたな)
クリスにエスコートしてしてもらい、ケーキ屋さんに入る。店内に入った俺達の眼に、色とりどりのケーキが飛び込んできた。
「はわぁー」
「――ぇ?」
突然、隣から聞こえてきた奇声に驚いて振り向くが、隣にはクリスしかいない。
(今の声……クリス?)
クリスが顔を赤めている。おそらく、素敵なケーキに感動して、思わず声が出てしまったのだろう。ならば、ここはスルーするのが礼儀だろう。
「美味しそうなケーキだね」
「そ、そうですね」
クリスも顔を赤めてはいるが、話に乗ってきた。
「どういうケーキが好き?」
「そうですね……ミルクレープやシフォンケーキ等の甘いケーキが好きです。あ、フルーツケーキやショートケーキ等のさっぱりしたケーキも好きですよ。ガトーショコラやティラミス等のこってりした物も好きですし、チーズケーキやモンブラン等も――」
婚約者として、クリスの好きなケーキの種類位覚えておこうと思ったのだが、途中から分からなくなってしまった。
(……全てのケーキが好きってことで良いかな?)
「――そっか……逆に苦手なケーキはあるの?」
「ありません!」
(全てのケーキが好きってことで良さそうだ)
「今日はどれにしようか?」
「うぅ、どれもおいしそうで迷います」
ショーケースの前で迷っていた俺達に店員さんが話しかけてくる。
「お客様、よろしければこちらのセットはいかがでしょうか? 複数のケーキを選んで頂き、それぞれ小さいサイズでご提供させて頂きます。初めてご来店された方にお勧めのセットです」
「それにします!」
クリスが即答した。確かに複数のケーキを選べるのは魅力的だ。
「俺もそれにするよ。どのケーキにしようかな」
「複数選べると余計に迷いますね」
「そうだね」
贅沢な悩みだが、どのケーキも美味しそうで困ってしまう。
結局クリスは4種類、俺は2種類のケーキを選んだ。後は店員さんが、それぞれ、4分の1と2分の1に切ってから、持って来てくれるそうだ。
(あえてクリスが選んだのと違うのを選んだんだけど……『半分こ』とかは嫌だよな)
貴族社会において『半分こ』という概念は存在しない。誰かが口を付けた物を食べるという行為がマナー違反だからだ。
(やってみたかったんだけど……ま、仕方ないね)
席について待っていると、先ほど注文したケーキが運ばれてくる。
「「いただきます」」
久しぶりに食べるケーキはとても美味しかった。
「アレン! これ凄く美味しいです!」
「本当だね。こっちも美味しいよ」
クリスも美味しそうにケーキを食べている。その様は貴族令嬢らしく優雅な物だったが顔は幸せそうに緩んでいた。
「アレンは、そちらを選んだんですね。それも美味しそうです」
「うん。食べてみる?」
「――え?」
クリスがあまりに幸せそうだったので、マナー違反は承知していたが、つい聞いてしまった。
「あ、ごめん! 食べかけは嫌だよね……」
「そんなことありません! お気持ちは嬉しいですし……その……」
クリスが何か言いたそうにしている。
(あれ?)
よく考えたら、誰かが口を付けた物を食べる行為がマナー違反なのは、貴族社会での事だ。クリスは子爵令嬢だが、俺は平民だし、気にすることないのかもしれない。
俺は、自分のケーキをフォークに乗せてクリスに差し出した。
「はい、アーン」
「え? アレン!?」
「アーン」
「え、えぇ……う、うぅ…………あ、アーン……パクッ」
大分迷っていたようだが、最後は意を決して俺が差し出したケーキを食べてくれた。
「美味しいよね」
「……ええ。とても美味しいです」
クリスが顔を赤くして答える。
「それじゃこっちのケーキも――」
「――その前に、アレンもこちらをどうぞ」
もう一つのケーキを差し出そうとしたら、クリスが自分のケーキをフォークに乗せてこちらに差し出していた。
「ク、クリス?」
「はい、アレンもアーンしてください」
「え、いや、クリスのは量が少ないし……」
「大丈夫です。これも美味しいですからぜひアレンにも食べて頂きたいのです。はい、アーン」
「……」
「アーン」
「……あ、アーン……パクッ」
クリスが差し出してくれたケーキを、身を乗り出して食べる。
「どうですか?」
「……美味しい」
ケーキはとても美味しい。だが……。
(は、恥ずかしい……)
『アーン』が、やる分には心地いいがやられた方がこれほど恥ずかしい物だとは思わなかった。
「それは良かったです……なるほど、美味しい物を共有するというのは楽しいのですね。残りの3つも美味しいですから、食べてみてください。はい、アーン」
「――!」
クリスが他のケーキをフォークに乗せて差し出してくる。
「ク、クリス? 後は自分で……」
「はい、アーン」
「……」
「アーン」
「……あ、アーン……パクッ」
「どうですか?」
「……美味しいです」
「良かったです。では次は――」
結局、お互いのケーキを全て交換しあった。店内には他にもカップルがいたので、変に注目されることはなかったが、それでも恥ずかしい。顔が赤くなっているのを感じる。
落ち着くまで休んでから、お土産のケーキを買って店を後にした。
デート回の最終話です。次回から謁見の準備に入ります。
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