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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年10月

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2017.10.22 日曜日 サキの日記

 幽霊達はいなくなった。奈々子の記憶の中にある90年代の創成川の向こうへ消えてしまった。

 朝、目を覚ましたら、もう奈々子はいなかった。

 所長と早く話したくて、飛行機に乗ってる間も落ち着かなかった。修平に連絡しようとしたけど、まだ話せる状態じゃないと修二がうちの父に言っているらしい。とりあえずLINEだけしておいた。

 修平もあの場所にいたはずだ。たぶん、夢の中で。

 秋倉に着いたのは昼頃だった。すぐ研究所に行った。建物には誰もいなかった。散歩に出ているのかと思って草原に出たら、そこにいた。

 所長は、草むらの真ん中に座って、ぼんやりと空を見上げていた。台風が近づいていて、雲が速く流れていて、雨が降ってきそうだった(実際、帰りに降った)。

 私は所長の隣に座った。


 幽霊、いなくなりましたね。


 まだ信じられない。


 所長は言った。


 まだ、近くにいるような気がする。


 それからしばらく無言でそこにいた。風が流れ、草が動いて──何千年も同じことを繰り返してきたであろう自然の中で、私達は突然起きた変化を受け止めようとしていた。それは喜んでいいことのはずだった。取りついていた幽霊がいなくなったのだから。

 でも、私達は、戸惑ってもいた。

 今まですぐそばにいた存在が、突然、いなくなった。


 高谷君が心配だね。


 所長が言った。


 今入院していて、さらに新道先生がいなくなったら、ほんとに一人ぼっちじゃないか。あの2人は仲がよかったから、僕らより辛いかもしれないね。


 そういう所長も、なんか辛そうだった。


 建物に戻って暖かいものを飲みましょうよと言って、一緒に研究所に戻った。ポット君がコーヒーを運んできてくれた。結城さんは今日、札幌に用事があっていないそうだ。ほんと、大事な時にいないな、あいつ。

 奈々子が消えたって言ったら、どんな顔するか見てみたかったのに、


 僕がもう話したよ。

 あいつは『本来の所に帰っただけだ』って言ってたよ。


 嫌だ、奈々子と同じこと言ってる。


 僕は今まで、橋本をよみがえらせるためだけに創られたと思っていた。

 でも、そうじゃないとわかった。

 僕の人生は、最初から僕のものだった。

 今さらそんなことに気づくなんて、なんだか──


 所長は、思っていることを上手く言葉にできないようだった。それは私も同じだ。

 奈々子がいなくなった。

 別に仲良くしてたわけじゃないし、どちらかというと嫌っていたのに、いなくなられると何かおかしい気がする。さみしい、というのとも少し違う。 

 要するに、私達はまだ橋本や奈々子がいなくなったということが信じられなくて、『2,3日したらまた出てくるかも』みたいな話をした。話しながら、誰かが自分のことをまだ見ているんじゃないかという気すらした。

 夢に出てきた、幽霊達が行った方向にいた女性は誰なんだろうと思ったけど、所長は『そんな人いた?』と、気づいていないようだった。私がヨギナミの母親に似ていたと言ったら『あさみさんなら、ありうるね』と言っていた。

 でも、それってどういうことなんだろう?

 迎えに来たってこと?




 夕食の時にヨギナミが、


 夢に赤い髪の男の子が出てきて、

『今日でお別れだ、元気でな』

 って言われたんだけど、あれっておっさんだったのかな。


 と言い出したので驚いて昨日の夢の話したら、


 それは、お母さんだと思う。

 おっさんを迎えに来たんだよ。


 と。


 おっさん、とうとう成仏できたんだね。

 さみしいけど、喜んであげないとね。


 と言って、母親の遺骨に手を合わせていたので、私も真似した。生きているものが手を合わせる気持ちって、死んだ人にどのくらい伝わるんだろうと思いながら。




 部屋に戻っても、黒猫の杖ばかり見つめてしまう。

 これを振り回して追いかけていたあの子は、もういない。

 ヨギナミに聞いたのか、佐加がやたらにLINEしてくるので返事するのが大変だった。『おっさんともっと遊びたかったのに〜!』とか。所長が体を犠牲にしていたことを全然わかってない。でも、そんなことももう、なくなる。

 ベッドでもんもんとしていたら、あのトッカータを思い出した。愛の調べ(そういえば、本来は亡くなった友のために書かれた曲だ)肉体を抱く代わりに音楽で愛されたあの感じ──奈々子は、あの感覚と共に天に昇ったのだろうか。

 少しうらやましい気もするけど、18歳で殺された子をうらやましがるなんておかしい。

 私は彼女の分も長生きしなきゃいけないのだ。

 いろいろなことを知って、体験して、

 それを全部文章にするために。





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