2017.10.21 1996年
初雪の中を、創が走っていく。
この子は雪が大好きだ。子供とはそういうものだ。大人になると雪は渋滞や交通障害、面倒な雪かきなどのイメージでゆううつなものになってしまうが、何も知らない子供にとっては、ただ『空から落ちてくるとてもきれいなもの』なのだ。
「そんなに急ぐと転ぶわよ」
声をかけると、振り返って笑う。なんてかわいらしいのだろう。
「雪だるま作る!」
「まだ早いわよ。もっと積もってからね」
そう言うと、一瞬不満そうな顔をした。でもすぐ笑顔に戻ってまた走り出した。
私が子供の頃は、そんなに無邪気ではいられなかった。
『お前は悪い子だ』
また、あの声が聞こえる。
そして思い出す。私が殺した者のことを。
橋本のことを。
ああ、そうだった。私は罪を犯した。
私は、幸せになどなってはいけないのだ。
「お母さん、どうしたの?」
立ち止まって動かなくなった私を見て、創が不思議がっている。
この子は、何も知らない。
私は創を抱きしめた。でも、一度よみがえった黒い影は消えてはくれなかった。
『お前は悪い子だ』
私が悪い子なら、
この子だって悪い子に違いない。
私は今まで起きたことを話した。子供の頃父親に『悪い子』と言われて殴られていたこと。橋本という仲間がいたのに死なせてしまったこと。その後父親を殺して逃げ回ったことも。
それは、小さな子供が理解できるような話ではなかった。
「お母さん、かなしいんだね」
創が理解したのは、それだけだった。
「ぼく、どうしたらいいの?」
その時だった。
『橋本を蘇らせればいい。この子を犠牲にして』
そんな声がどこからか聞こえてきたのは。
そうやって償うべきなのだ。
なぜなら、私のせいで橋本は死んだのだから。
そして私には、よみがえらせる力があるのだから。
「協力してくれない?」
私は創に言った。
「創が助けてくれれば、死んだ友達を呼び戻すことができるの」
ああ、駄目よ。
こんなかわいい子を犠牲にするなんて。
心が叫ぶ。
でも、もう一方ではこんな声がする。
『お前は悪い子なのだから、お前の子供が生きていていいはずがない』
なぜ、あの男は殺したはずなのに、
まだ、私を責め続けるのか。
「うん!わかった!」
創は嬉しそうに言った。お母さんの役に立てるのが嬉しいのだ。
こんな純粋な子を。
いや、
私の子が純粋であるはずがない。
生かしておいたら、きっと私のようになる。
それならば──
「ぼく、何をすればいいの?」
無邪気な子供にこんなことを言うのは酷だ。
でも言わなくては。
「そうねえ──」
誰か
私を
止めて。
「まず、あなたには、消えてもらわなくてはいけないわ」




