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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年10月

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2017.10.20 運命の日⑥ 新道隆 カラーの心の世界にて


 これはすごい。


 新道は、突然カラーになったまわりの世界を見渡して感動していた。全てが輝いていた。太陽も、草も、木々も、そしてなにより、青空が。


 しかし、初島はどこに行ったんだ?

 まさか、子供達に危害を加えていないだろうな?


 新道は焦りを感じながらあたりを探し回った。すると、どこからか、鳴き声のようなものが聞こえてきた。

 何だ?

 声の方向を見ると、初島がこちらに向かって飛んできて──新道に体当りした。新道は10メートルほど飛ばされた。

「うわああああああああああ!!」

 初島は叫びながら新道に襲いかかり──彼の胸を何度も激しく拳で叩き続けた。

 そのうち、新道は気づいた。

 初島が、泣いている。

 子どものように泣きじゃくっている、と。

 あまりにも予想外の出来事だった。新道はしばらく、呆然と叩かれるままになっていた。しかしそのうち、


 似たようなことが、前にもあった。


 と、急に思い出した。



 ハシモトヲタスケテ──


 そう言って泣いていた。


 ワタシトオトウサンヲトメテ──


 そうだった。確かにそう言っていた。あれは確か、橋本と会う前、いや、ナホちゃんと出会う前?いや、もっとずっと前の──


「そうか」


 新道は、やっと全てを思い出した。


「俺は、お前が自分から切り離してしまった良心だ」


 そして初島の肩をつかみ、両目をまっすぐに見た。


「そうだな?」

 初島は怯えた顔で新道の目を見た。

「良心ですって?」

 喉の奥から絞り出すような声だった。

「私にそんなものないわ。わかっているでしょう?」

「いいや、あるんだ。だから俺が創られたんだ。橋本を助けたい、父親を止めたいとお前の良心が願ったから。そうだろう?」

「確かに、橋本は私の唯一の仲間だった」

 初島が少し後ろに下がって、新道の手から逃れて言った。

「子供の頃、父が私を殴る時『お前は悪い子だ。だから殴るんだ』と繰り返し言ったものよ。だから私は『私は悪い子』と自分に言い聞かせながら道を歩いていたわ。そんな時、橋本古書店を見つけたのよ。そこには、髪の赤い男の子がいて、みんなに嫌われていたわ。悪魔だと言う人までいて。

 ああ、ここにも悪い子がいる。

 仲間だと思ったわ。

『あなたも悪い子だから仲間ね』って言ったら、『俺は悪い子じゃない!』って叫んで本を投げつけてきた。それから泣き出したの。

 私、あの時、この子を守らなきゃって思ったわ

 なぜなら、橋本を理解できるのは私だけだから」

「それでこんなに執着したんだな?」

「自分では愛のつもりだったのよ。でも、高校生になって──もう限界が近いと思った。父の暴力はひどくなる一方、橋本は学校に来ないで廃墟にこもっていた──このままでは、あの子を守れない」

「それで俺を創り出したんだな?」

「役立たずだったけどね」

「確かに俺は橋本を助けられなかった。そもそも自分がなぜ存在しているのかがわからなかった──最初にお前の願いを聞いていたのに、なぜか忘れていた」

「橋本は私の目の前で死んだ」

 初島が当時を思い出して顔をこわばらせた。

「もう終わり。私の全てが崩壊したわ。何もかも破壊したくなった。父が許せなかった。だから殺した。あいつさえいなければ全ては起こらなかったのに──」

「それから、どうしてたんだ?」

「遠くで隠れて暮らしていたのよ。そしたら、行きずりの付き合いで子供ができてしまって」

「それが創くんか」

「かわいい子だったわ。世界一かわいい子よ」

 初島が珍しく優しい表情になった。

「この子は故郷札幌で育てたい。そう思って戻ってきたの。でもそれがよくなかったのね。

 思い出してしまったのよ。橋本のことを。

 私が殺してしまったお友達のことを」

「殺したんじゃない。あれは自殺だった。本人がそう言っていた。だからお前のせいじゃない」

「でも止められなかった──私にとっては自分が殺したも同然だった。『ああ、私は悪い子だった』と突然思い出したのよ。私は幸せになる資格なんかない。だから、私の子供も生きてちゃいけない──」

「なんて恐ろしい考え方だ」

「でも、そう思ってしまった。いや、確信してしまったの。子供を犠牲にして、橋本を生き返らせる、それが私の償いだと」

 初島はそこまで言うと、急に喉を詰まらせた。

「私はあの子の人生を破壊してしまった。奪ってしまったのよ。自分の罪を償うためにね──そして、最後には捨てたわ。私の所にいたら、この子を殺してしまう。そんなのは耐えられない。

 勝手でしょ?橋本のためにあの子の人生を奪うことを選んだのは私なのに、自分の子供が死んでいくのを見るのも耐えられなかったのよ。

 だから捨てたの。

 他の人に育ててもらったほうがましだと思って」

 でも、あの子、今なんて言ったと思う?

『あなたが辛い人生を送ってきたのは知ってる』

『僕はもう許すから』」

 初島はまた泣き始めた。

「口汚く罵られた方がまだましだったわ!私はこんなにひどいことをしたのに、まさか、人生ではじめて私を理解してくれたのが、痛めつけてきた子供だったなんて──」 

 終わりの方はもう声にならなかった。初島は子どものように泣きじゃくり、新道はそんな初島をしっかり抱きしめた。

「私はどうすればいいの?」

「簡単なことだ。良心を取り戻せばいい」

 新道が言って、微笑んだ。

「私に良心なんかないわ」

「いや、あるさ。だから俺がいる。それに、過去の行いを後悔できるのは、まだ良心が残っている証拠だ」

 新道が初島の頬に触れた。

「良心を取り戻して、本来の自分に戻るんだ」

 そして初島の顔をのぞきこんで優しく微笑むと、風を起こした。その風は2人を舞い上がらせ、2人は──空気に溶けるように、青い空の中に消えて姿が見えなくなってしまった。






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