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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年10月

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2017.10.19 木曜日 サキの日記

 午前中の飛行機で東京に戻ってきた。マンションの近くのなじみのカフェでランチ食べた。外は雨。東京はしばらく雨の予報だ。

 秋倉の雨とここの雨はなんとなく違う。田舎の雨は草木を濡らして輝かせるけど、都会の雨は何もかも暗くしてしまう感じ。ただ、内面を見たくなるようなあの音は変わらない。窓に打ち付ける雨の音。考え事をさせようとする、あの音。

 母はドラマの撮影があって明日まで戻ってこない。事前打ち合わせなしでいきなり親子インタビューに臨んで大丈夫なんだろうか。途中でブチ切れてケンカして、それが全国に流れちゃったらどうしよう──

 そんな心配で頭がいっぱいで、無駄にマンションの中をウロウロしたり余計な所を掃除したりしていた。すると、


 落ち着いて。


 久しぶりに奈々子登場。しばらく見なかったからもう消えたのかと思ってたら、まだいたらしい。


 これはきっと、あなたにとっていい機会だよ。

 お互いを理解するための。


 奈々子はそう言った。


 私、後悔してることがあるの。

 お母さんに、本音を話さなかったこと。


 珍しい。奈々子が家族の話してる。


 妹ばかりかわいがって私のことはかまってくれないから、自分には興味がないんだと思ったの。それにすぐキレて怒るから怖くて、なるべく近寄らないようにしてたんだけど、今思うと、もっと本音を言っておけばよかったんだと思う。『私のことをもっとかまってほしい』って口に出して言うべきだった。


 そして、


 あなたも、そうじゃない?


 と言って消えた。

 私はそのことについて考えた。私は母にかまってほしかったのだろうか。いつも家にいないのが当たり前だったけど、もっと一緒にいたかった?

 そんな考えは、だいぶ前に封印したような気がする。

 たぶん、物心がついて『母は女優だ』とわかった時から。

『なんとなく避けられているな』と感じてしまった時から。

 母の方にも問題はあった。若い頃に橋本や友達が自殺したことで『自分と関わった人がまたいなくなるのではないか』という恐怖心を常に持っていて、殺しても死ななそうな元気でおバカな父と結婚した。

 子供とどう接するのが正解か、母はわかっていなかった。自分の恐怖をやり過ごすのに手一杯で、子供のことを考える余裕はなかった。

 そして、私にも問題はあった。

 奈々子の言うとおり『本音を言わなかった』のだ。

 もっとお母さんらしいお母さんだったらよかったのに。他の子の母親みたいにいつも近くにいて、友達のように仲良くして、食事を作ってくれて、家事もやって──でも、演技しか生きがいがない母にそんなこと言えなかった。

『もっとそばにいてほしい』

『かまってほしい』

 そんなことは、わがままみたいで言えなかったのだ。

 明日のインタビューでこういうことを話していいんだろうか。母に罪悪感を与えたりしないだろうか?でも、今、公の場で言っておかないといけないような気がする。私はもっとかまってほしいし、母を必要としているのだと。






 肉だぞォ〜!


 夜10時、既に酔っ払っているバカ、いや、父が帰ってきた。手には大量の焼き鳥が入ったビニール袋を持っていた。私が肉好きなのを知っているからだ。

 母がいない分、この、バカバカしいほどに明るい父が、今まで私を支えてくれていたのだろう。たぶん。

 しかし今日の奴はヤバかった。どんだけ飲んできたのか、廊下でいきなり座り込んだかと思うと『酒と泪と男と女』を大声で熱唱し始め、その場で焼き鳥を食おうとしたので慌ててリビングまで引きずっていかなければならなかった。

 その後、よくわからない発言をいろいろ聞いた結果、自分で書いた演劇のシナリオをカントクに『ケチョンケチョンにけなされて』大ゲンカしたことが判明。カントクに電話したら『いつものことだからほっときなさいヨ』とだけ言われてすぐ切られた。


 あいつはァ、昔から厳しすぎんだョオ!

 口調はオカマのくせによォ!


 それから1時間くらいカントクの悪口を聞かされた後、『あの新人女優は俺に気がある』といういつもの妄想が始まり、勝手にいい気分になって寝ちゃったので寝室まで引きずっていってやった。また太りやがったので重かったが、いい運動になったと思うことにする。

 なんかもう、いろいろどうでもいい気がしてきた。

 たぶん明日、大丈夫だと思う。





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