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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年11月

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2015.11.21 研究所


 仕事とはあまり関係ない、古い顕微鏡がある。20年は前に製造されたものだ。昔の学生用の教材で、もともと養父が使っていたのを譲ってもらった。

 久方創は、たまにそれをキャビネットから取り出して遊んでいる。思い入れがあるし、初めてもらったプレゼントでもあるので、古くても捨てる気になれない。


 こないだ会った友人は、自分のことを『無生物のほうが向いている』と言っていたが、それは人間と違って、考えないものは誤解もしないからかもしれないとふと思う。


 人は、必ず自分を誤解する。

 ありもしない余計な空想で、人や物事を決めつける。

『確かめる』ということをなかなかしない。






 昨日別人が出たぞ。



 助手はそれだけ言って、詳しい説明はせずに出かけた。車の音がしたから別な町に遊びに行ったのかもしれない。今日は朝から機嫌が悪く、例の乱暴なピアノ演奏で起こされた。平常心を吹き飛ばすテンペストに。



 朝目が覚めて、慌ててピアノの音から逃げ、一階でパソコンを見たら、前に見たのから日付が二つ変わっていた。テレビもラジオもそうだった。





 そんなによく寝てたんでスカ?



 スマホの向こうの新橋早紀は、都合のいいほうに誤解したようだ。



 私の脳内物質を分けてあげたいでスね。眠れまセンよ。ただし朝は別でスが。



 話題は冬の寒さに移った。



 そっちは気温がマイナスなんでスよね。耳隠さないと凍るって札幌のばあちゃんが言ってまシタ。耳当て、東京で売ってるふわふわのやつではダメでスカ?


 気温より人のほうが厄介だよ、と口を滑らせそうになったが、これから来るかどうか迷っている人に、そんなことは言わないほうがいいのだろう。

 それに、対人関係が苦手なのは自分であって、早紀ではない。しかも、久方は町民より厄介な存在につけ回されている……が、新橋早紀にはそのことは絶対に知られたくない。


 来ることになったら、雪かきを手伝ってもらうかもしれないと冗談のつもりで言ってみたら、雪だるまを作りたいと言われた。暴風雪の恐さは知らないのだろう。下手したら埋まって死んじゃうよ……と余計なことを言いかけたところで、向こうに誰かが来たようで、インターホンらしき音とともに通話は終わった。



 そういえば、早紀が来ていた夏の間は、記憶や日付が飛んだりはしなかった。最後の数日を除けば……偶然だろうか。


 久方は気晴らしに出した顕微鏡をていねいにキャビネットに入れ、重苦しい気持ちで扉を閉めた。

いつも背後につきまとう不穏な存在を、より強く意識しながら。





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