2017.10.15 日曜日 サキの日記
所長と会った夏休みのことを小説に書いて、できた部分だけカントクに送ってみた。忙しいだろうからすぐには返事来ないだろうな。ほめられたら続きを書く。けなされたら──どうしよう。
今日は平岸ママと老人ホームのお手伝いに行った。ビーズ教室と、その後のお出かけにも一緒に行った。町内のスナックだった。そんなもんあるの初めて知った。駅前の商店街はみんなシャッターが下りてると思ったら、一軒だけ、夜に開けてる店があったらしい。
老人ホームの人達のために特別に昼間開いた『スナックみよし』には、70代になるみつよママがいた。すごくおしゃれなおばあさん。赤いイヤリングとリップがすごく似合っていた。老人向け雑誌のモデルみたい。
私は完全に夜行性だから、昼間は外に出ないの。
と言っていた。老人ホームの人達はカラオケ目当てらしく、ずーっと歌っていた。聞いたこともないような古い歌を。何歌ってるのか聞いてみたら『戦前に流行っていた曲じゃないか』と言われた。古い、古すぎる。私も何か歌えと言われたけど、普段米津玄師しか聴いてなくて、女の子の曲がわからなかったので、平岸ママにマイクを渡して逃げた。平岸ママは辛島美登里という、あまり聞いたことがない人の曲を歌っていたが、内容が不倫っぽかった。
不倫のドラマばっかりやってた時代があったわねえ。
きっとバブルでイケイケだったからよ。
私の娘世代は我慢を知らなくてねえ。
なんて話をしてるのを聞いていたら、うちの母のことを思い出して嫌になってきた。あの人もこんな風にどこかで私の悪口言ってたりするんだろうから。
おばあさん達のけたたましい話し声にも疲れてきたのでちょっと外に出たら、そこにはほとんどシャッターが閉じている駅前商店街が。昔はここもイケイケに栄えていたのだろう。今からは想像もできないけれど。
ちょっと悪いなと思ったんだけど、平岸ママに断って一人でカフェに行った。最近観光客が増えて混んでいるらしく、カウンターしか空席がなかった。コーヒーを頼んだら松井マスターが、
勇気は今日奈美ちゃんと出かけているの。
どこ行ったのかは知らないけど。
と、余計な情報をくれた。
あの2人、どう思う?
勇気は最近、奈美ちゃんのことを気にしているみたいなのよ。
それは私も気づいてた。
最近、勇気は、やたらにヨギナミの方を見ているし、話しかけてる。昨日札幌のカフェに行った時も佐加がそれを指摘して、ヨギナミは『そんなことないよ』と否定していた。
勇気とヨギナミ。
そうきたか、と思った。
勇気に未練があるわけじゃないし、もう付き合いたいとも思わない。
だけどなんとなくモヤモヤするのはなぜだろう?
ぼんやり考え込んでいたら、観光客っぽいおじさんに声をかけられて、『一緒に稚内に行かない?』とか言われたからヤバいと思って外へ逃げた。
スナックに戻ると、みんなでパフェを突っついていたので私も仲間に入れてもらった。作ったのは平岸ママだった。みつよママが、
人の家のキッチンでそんなに張り切るのはあんたくらいよ。
と呆れていた。
その後、おばあちゃん達をホームに送り届けて平岸家に帰る時、
ごめんなさいね、つまらなかったでしょう?
と平岸ママに謝られたので私は慌てた。店を出たのはみんなの話し声がうるさく感じたからで、つまらなかったわけではない。むしろ知らない人と会えて楽しかったと言った。
みんな歳取って耳が遠いから、声も大きくなるのよね。
と平岸ママは言った。そして、
サキちゃん。私があれくらいの歳になっても、
話し相手になってちょうだいね。
と言った。
若いうちはみんな近寄ってきて親切にしてくれるけど、歳を取るとだんだんそういうこともなくなって、人から関心を持たれなくなっていくのよ。中身は変わらず他人を必要としているのに、見た目で選ばれなくなっていくのね。
だから、サキちゃんみたいな若い人に話しかけてもらえると、歳行った人はみんな喜ぶわよ。覚えておいてね。
と。いや、若いと変なおじさんも近寄ってくるんだけどな〜と思った。それはともかく、平岸ママも、老後が不安なんだろうか。あんなに優しくて金持ちですごい夫がいても、何でもできる才能があっても、ちゃんとした家や収入があっても、やっぱり何かが心配なんだろうか。
私は平岸アパートに帰ってから、この町に来てから会った大人達のことをいろいろ思い返していた。東京の学校で同い年の子達とだけ付き合っていたら決して知ることはなかったであろうことを、ここの大人達は教えてくれている。
私はそれを小説に生かしたい。
そういえば、前にあの老人ホームに行った時は、前の学校を思い出して不安になったりしたな。今日は全く思い出さなかった。
時薬という言葉があるらしい。どんな傷も悲しみも、時が経つと薄れていく。全て忘れ去ることはできなくても、思い出しても傷つかないでやり過ごせる程度には、物事は変わっていくものなのかもしれない。




