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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年10月

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2017.10.14 土曜日 高谷修平と伊藤百合のやりとり

「気分はどう?」

『よくはないね。でも百合と話せるのはうれしい』

 画面の向こうの修平は、心なしかやつれたように見える。

 心配になったが、百合はそれを顔には出さずに最近のクラスの出来事を伝えた。ヨギナミが公務員試験に受かり、隣町の役場の面接を受けることになったこと。新橋早紀が20日にテレビ収録をするため東京に行くこと。ホンナラ組と高条が授業を中継できないかあれこれ試していること──

『そんなことする必要ないよ』

 修平は言った。

『もう卒業できないのはわかってるから』

「でも──」

『そんなことしてる暇があったら自分の勉強しろよって言っといて。

 勉強できるだけ恵まれてるんだよ。

 それに俺、今、5時間も授業聞く体力がないし』

「そうなの?」

『授業聞くのって体力いるんだよ』

 修平は静かに言った。

『ただ座ってるだけだろうって思うだろ?でも違うんだよ。座ってる姿勢ってけっこういろんな筋肉使ってんだよ。本当に具合悪いとさ、トイレに座ってるのも大変なんだよ』

「そうなんだ」

『だからさ、普通に暮らせるって、それだけで天国なんだよ』

 修平は言った。

『みんなが当たり前のようにそうしていること──朝起きて飯食って学校行って帰りに遊んで──そういうの全部、俺にとっては特別なことだった。だから、秋倉に行けたのはよかったと思ってる。

 でも──』

 修平の声がくぐもった。

『悔しいよ』

 修平は絞り出すような声を出した。

『もう戻れないんだ──』

 そして、静かに泣き始めた。

 百合は何も言わずに、画面の修平を見つめていた。

 今すぐ向こう側に行って、抱きしめてあげたい。

 そう思った。なんとか東京の病院に行けないかと毎日考えていたが、航空券の高価さを考えると、大学受験の時を待つしかなさそうだった。

「そういえば」

 修平が少し落ち着いてから、百合が言った。

「スマコンが最近うるさいんだよね。『近いうちに何か大変なことが起きるわよ』って予言してて」

『マジで!?』

 修平の声が裏返った。

『あいつの占い当たるから気をつけた方がいいよ。地震でも起きんじゃね?』

「クラスのみんなは気にしてないみたい。保坂はいつもスマコンを信じるから奈良崎と一緒にホームセンターに防災用品を買いに行っちゃった」

『防災しとくに越したことはないよね』

「そうだけど、毎日『何か起こるぞ!』みたいな話されると疲れる」

『そっか。ねえ、頼みがあるんだけど』

「何?」

『スマコンに、俺がこれからどうなるか占ってもらえない?』

「え?」

『聞いてみたいんだよね』

「いいけど、きつい結果だったらどうするの?」

『大丈夫。今の俺の状態よりきついことなんてまずないから』

 修平はいたずらっぽく笑ったが、百合は何を返していいかわからなかった。

『できたら、スマコンに直接連絡させてよ』

「わかった」

『俺疲れたからもう休む。おやすみ』

「おやすみ」

 通話は突然終わった。

 こんな、少し話しただけでも疲れてしまうのか──。

 百合はその症状の重さにショックを受けた。でも、すぐに気を取り直し、スマコンに占いを頼むLINEをした。すぐに『いいわよ』と返事が来た。

 それから、窓辺に向かって、静かに祈り始めた。空は曇っていて月も星も見えなかったが、その向こうにすがるべき光は確かにある。

 百合はそう信じていた。





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