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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年10月

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973/1131

2017.10.12 1980年10月

 橋本が死んで、2か月が経った。

 皆、元の生活に戻っていた。元通り学校へ行き、元通り仕事をし──しかし、どうしても元に戻れない者もいた。

 新道隆は、あれからすっかりふさぎこんでしまい、暗い人間になってしまっていた。元々あった明るさがすっかり消え失せてしまい、暗い人間になってしまっていた。まわりは皆心配したが、それが橋本の死を悲しんでいるからだと知っていたので、そっとしておくより他に仕方がなかった。

 初島は、あの日以来、学校に来ていなかった。



 ある日、地元に衝撃的なニュースが流れた。

 初島医院の医者、つまり初島の父親が、刺殺体で発見されたのだ。

 娘の緑は行方不明で、警察が行方を捜索しているという噂が一気に流れてきた。クラスは、初島が犯人だと主張する者と、そうではないとかばう者に分かれた。菅谷は初島が犯人だろうと言ったが、もちろん菜穂は『みどりちゃんじゃないよ!』と言い張った。時には大泣きして親友の無実を証明しようとがんばっていた。

 その騒ぎの最中にも、新道は何も語らず、黙って勉強していた。橋本の父親が学費を──橋本が使うはずだったお金を──出してくれることになったので、なんとしても大学には受からなくてはならない。

 それだけを心の支えにして、新道は悲しみに耐えていた。





 そんなある日のことだった。

 新道、菅谷、菜穂の3人が一緒に下校していると、横の細い道から急に人が飛び出して来た。

 それは、行方不明になっていた初島緑だった。ぼろぼろのトレーナーを着て、目は血走っていて不気味に見開かれていた。

「みどりちゃん!?」

 菜穂が慌てて駆け寄った。しかし、差し出された手は、初島に乱暴に振り払われた。

「今までどこにいた?」

 菅谷が尋ねた。

「どうだっていいじゃないの」

 妙に甲高い声が返ってきた。

「いい気なもんね。友達が死んだのにあんた達は平気で何事もなかったかのように暮らしてる」

「そんなことはない。みんな悲しんでる」

 菅谷が言い返した。

「ただ、顔に出さないようにしているだけだ」

「ハッ!」

 初島がバカにしたような声を出した。

「優等生って嫌ねえ。何が起きてもお高く取りすましちゃって。冷たいったらないわ」

 それから初島は菅谷に近寄り、上目遣いで見て、

「あなた、私が父を殺したって言っても、まだすましていられる?」

「嘘でしょ?」

 菜穂がつぶやいた。

「嘘なんかじゃないわ。私があいつを殺したの。今まで散々殴ってくれた仕返しにね。子供に暴力を振るうような親にはそれがお似合いよ。そうでしょ?」

 初島がせせら笑うように言った。

「やめろよ」

 新道がやっと口を開いた。

「そういうの、もうやめろよ」

「どういう意味よ?」

「初島だって、本当は悲しいんだ」

 新道は静かに言った。

「橋本が死んで、一番悲しんでいるのは初島だろ?それだけじゃない。お父さんの暴力のことも。

 昔から、ずっと悲しかったんだろ?

 傷ついてたんだろ?

 なのに、まわりに気づかれたくなくて、わざと強い、悪い子を演じてる。まわりの人をからかって自分をなぐさめてるんだろ?

 もう、そういうのやめろよ。

 認めろよ。自分は悲しいって、傷ついてるって」

 それは言ってはいけないことだったのかもしれない。なぜなら、初島の顔が怒りと羞恥心で真っ赤になったからだ。

「アハハハハハハハハ!!」

 ヒステリックな笑い声が響いた。あまりにも感情がこもっていたので、菜穂と菅谷はゾッとした。

「あんたって!あんたって!まだいい子ぶるつもり?この私に同情するなんて!アハハハハ!あんた、私がどんな人間かまだわかってないのね!いいこと?あんたが拾われたって話は嘘よ。事故の話も嘘。記憶がないってのも嘘!

 だってあんたは、()()()()()()()()()()()()()()()!この大地の力を使って!」

「何を言ってる?」

 菅谷が言うと、初島は敵意いっぱいの目を新道に向けた。

「そうよ。私があんたを創ったの。この特殊能力を使ってね。だから記憶がないのよ。1979年以前には、あんたは存在してなかったんだから。何かの役に立つかと思って創ってみたのよ。なのにあんたは──」

 初島は新道に近づき、背伸びして胸ぐらをつかんだ。

「この役立たず」

 目には憎しみが満ちていた。

「あんたは()()()()()()()()()()()()創られたのに、何の役にも立たなかったわ。ただのほほんと菜穂とつるんで遊んでただけ。この役立たず──」

「やめろ!」

 菅谷が初島を新道から引き剥がした。新道はずっと、哀れむような目で初島を見ていて、それがさらに初島を怒らせた。

「あーら、まだ同情してるってわけ。それなら本当のことをもう一つ教えてあげるわ。

 あんた達が持っている変な力、それも、私が勝手に与えたものよ。押し付けたってわけ」

 初島は一歩引いて、3人を順番ににらみつけ、ニヤッと笑った。

「見てみたかったのよ。特殊な能力を手に入れた人間がどれだけ思い上がって変な行動をするか、どれだけ自分に酔って狂っていくか──菅谷、あんた昔はやたらに何でも燃やしてたわよね。火を操る力を使いたくてしょうがなかったんじゃない?」

 菅谷は何も言わなかった。本当のことだからだ。

「この力で世界を変えたいとか、バカみたいなこと言ってたじゃない?面白かったわぁ。だから楽しみだったのよ。これから3人でどれだけ破滅的なことをしてくれるかって。

 なのに3人ともバカみたいに善良で、何もしないで平凡に暮らしてるんだもの。つまらないったらないわ」

「みどりちゃん、嘘でしょう?」

 菜穂が半泣きで言った。

「みどりちゃんはそんな子じゃないわ。私には優しくて、頭が良くて──」

「私はこんな子なの。悪いけど。あんたのいい子ちゃんぶった頭の悪さにはもうウンザリよ」

 初島が冷たく言ってのけたので、菜穂は泣き出してしまった。新道が慰めるために抱きとめた。

「父親を殺したのはお前なんだな?」

 菅谷が低い声で言った。

「警察に通報する」

「無駄よ。私は絶対に捕まらないわ」

 初島は笑って、走り出した。

「じゃあね!せいぜい力を持て余して苦しみながら暮らせばいいわ!私は絶対に捕まらないから──」

 しかし突然、初島は立ち止まった。そして、ゆっくりと振り返ると、ニヤニヤしながら新道に近づいていった。

「いいことを思いついたわ」

 初島は意地悪な声で言った。

「いい子ぶっていられるのも今日までよ。あと何日かしたら、みんなあんたのことなんて忘れてしまうわ。あんたは一人ぼっちよ。それでも生きていけるかしらね?アハハハハ!」

 初島は笑いながら走り去った。

「気にするな。行こう」

 菅谷が言った。菜穂はまだ泣いていた。新道は、深い悲しみに満ちた目で、初島が去った方向を見つめていた。













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