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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年10月

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2017.10.9 月曜日 サキの日記

 ちゃんとした『作品』を作ろう!

 朝起きた瞬間に思って、飛び起きてノートに文章を書き出した。でもすぐ何を書いていいかわからなくなってしまった。カントクに『シナリオを書け』と言われてたのを思い出して、舞台にできそうなシーンを考えてみたりもした。でもそのうち思考が脱線して、全然関係ないことを考え始めてしまった。昨日見た動画のこととか、あのスカート買おうかやめておこうか、文章で稼げるようになったらどんな暮らしをするか妄想したり──肝心の『作品』は何も書けてないのに。

 自分が嫌になってきた頃にあかねが『もう朝ご飯できてるんだけど!?』と怒鳴ってドアを蹴った。

 私は受験生で、勉強しなきゃいけなくて、授業もちゃんと受けないといけない。なのにずっと『どんな作品にするか』ばっかり考えてしまって何にも集中できなかった。いい考えも何も浮かばない。私はそもそも、フィクションを書くのは苦手だ。実際に起きたことしか書けない。


 秋倉のことを書けばいいじゃない。


 帰り研究所に行ったら、所長にそう言われた。


 せっかく北海道の田舎町に暮らしてるんだから、ここで起きたことを書けばいいよ。


 うーん、なぜだろう、それは気が進まない。

 天井からはショパンが響いてくる。舟歌。結城さんこの曲好きなんだろうな。よく弾いてる。心なしか、前より穏やかで優しい音に聴こえる。トッカータのことがあって、いろいろ吹っ切れたのかな。

 もう結城さんはいい。自分のことを考えよう。よく考えたら、大がかりな『作品』なんて作らなくても、ネットで文章やツイートでいろいろ表現している人はたくさんいるし、私はいきなり大作を作ろうと考えすぎたのかもしれない。

 でもカントクにシナリオ書けるって言われちゃったしな。

 子供の頃シナリオ書いてたじゃないって言ってたな。なんであの頃は空想の話が思い浮かんだんだろう?今はまず登場人物を決めることから全然進められないのに。

 私はとりあえず、かま猫とシュネーのことを文章にしてみた。この建物にどんな風に現れたか、今どんな風に私達を楽しませてくれているか。うん。ブログとかfacebookの記事になりそうな文は書けた。でも私の書きたいことってこういうことなんだろうか。日々の生活。

 誰が読むの?それ。

 ネットに載せようかどうか悩んでいたら、月光の第三楽章(これも結城さんの大好きな曲だな。しょっちゅうノリノリで弾いてる)がけたたましく鳴り出したので帰ることにした。




 夕食の時に『文章書きたいんだけど何書いていいかわからない』という話をしたら、あかねがこう言った。


 順番が逆。『何か書きたいから書くことを探す』じゃなくて、『何か熱烈に表現したいことがあるから、その手段として文章を使う』でしょ?

 サキがどうしても表現したいことって何?誰に何と言われようと表現せずにいられない何かがあれば、自然に形にしようとするはずでしょ?

 あたしは美少年が戯れる甘美な世界が内から湧いてくるのが抑えられないから、それをマンガで表現してるけど?


 そして、私のカキフライを一個奪って口に放り込んだ。

 私が表現したいこと。

 この人生そのもの?

 やっぱり日記かな。でも、何者でもない一人の女の子の日記なんて誰が読む?似たようなブログやツイートはネット上にあふれているし。

 でも『どうしても表現せずにいられないもの』はやはり、自分が感じたことだけ。

 それを売れる『作品』にするのは不可能かもしれない。

 考え込んでいたら、あかねがまたBLのきわどい話をし始めてヨギナミが逃げ、平岸ママが怒り出したので、私も早めに自分の部屋に戻った。



 そして、今も私は白紙のメモアプリを見つめながら悩んでる。

 ここにさらっと『今思いついたネタ』とか、『自分で作った物語』とかを書けたらかっこいいのに、何も浮かばない。そして、気づいたらフリマアプリで本をあさって、買おうかどうか迷って1時間経った。

 ダメだ私。

 勉強しよ。受験生だし!どうして私は自分が受験生だということをすぐ忘れるんだ!?文章なんか書いてる場合じゃない。勉強しないと。

 でも、私にとって本当に大切なことは、

 学校の勉強じゃなくて、文章のような気がする。

 あかねがうらやましいのは、そこんとこのブレが全くないことだ。描いてるマンガの内容はともかく、『マンガが一番大事』っていう所からは絶対に外れない。

 私は他のことに影響されてついブレてしまう。

『一番大切なのは文章です!』ってはっきり言いたい。

 でも言えない。

 だって、今日猫のことしか書けなかったし。






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