2017.10.8 日曜日 ヨギナミ
高谷が目を覚まして、やっと伊藤ちゃんと両思いになったのに、病気で動けないの。なんだか悲しいよね。クラスの男子はなんとか授業を受けさせられないかって、撮影機材とか通信機器とかいろいろ用意してるんだけど、学校の許可がなかなかおりなくて──
ヨギナミが熱心に話している相手は、おっさんだ。二人はヨギナミのあの家に来て掃除してから、ここ最近のことを話し込んでいた。一番喜ばしいのは公務員試験に受かったことで、おっさんもそれは喜んでくれた。でも今二人が特に気にしているのは、高谷修平のことだった。
あいつ頭よさそうだから、
学校なんか行かなくても試験でなんとかなりそうだけどな。
おっさんが言った。
でも、高校を卒業するには単位がいるし、単位を取るには出席日数がいるの。たぶん高谷は『秋倉高校』を卒業したいだろうし、試験だけで通る資格だけじゃなくて。
ヨギナミが言った。
前に新道が言ってたよ。高谷は本来ならここに来られるような状態じゃない。普通に歩けるだけでも奇跡だって。
無理してたんだろ。新道のために。
それと自分のためにね。
そうだな。あいつにとってはここで2年過ごせただけでもよかったんだろ。お前らが気に病む必要はねえよ。
でもみんな、なんとかしてあげたいって思ってるの。黙っていられなくて。
他人にどうこうできるもんじゃねえよ。病気ってのは。
でも連絡は取ってやれ。辛い時は友達がいるだけでも違うからな。
高条は毎日動画撮って送ってるよ。ホンナラ組も。
便利な時代になったもんだな。
俺の時は手紙くらいしかなかったのによ。
おっさんはそう言って部屋を見回した後、
話しておきたいことがある。
と言った。
私のことなら、別に大丈夫だから。
ヨギナミは言った。
どういう意味だよ。
だって最近みんな同じこと言うんだもん。『大丈夫?』『何かあったら言ってね』『もうお母さんのことは気にするなよ』そればっか。
みんな心配してんだよ。
母親が亡くなったばっかりだからよ。
悲しんでない私って、おかしい?
別におかしくはねえよ。
おっさんはそう言ってすぐ、
ただ、俺はまだ悲しい。
と言って、目を伏せた。
お母さんのこと、好きだったもんね。
ああ。でもいつかあの世で会えるさ。
そのことなんだけどよ。
お前、俺が急にいなくなっても驚くなよ。
おっさんがヨギナミの目をまっすぐ見て言った。
創は3月に神戸に帰るしな。
もう何回も聞いたよそれ。
それに、俺が突然消えるかもしれない。
おっさんは言った。
前に初島が、お互いを必要としなくなれば消える、みたいなことを言ってたんだよ。俺は、その時がもうすぐ来るような気がする。なぜかはわからないが予感がするんだよ。
創は、ここに来た時はどうしようもない奴だった。でも今はちゃんと人と接して、落ちついた大人になってる。
そろそろ、創一人でもやっていける時が来る。
そう思わねえか?
所長さん、私から見れば元から落ちついた人だったけど。
それが全然違ったんだよ。お前の前では落ち着いててもな、新橋や結城に対してはガキまるだしだったんだよ。
でも、ここ1、2年で大きく変わったよ。
もう俺が心配する必要はない。
おっさんは少し笑ってから、
だから、俺が消えても驚くなよ。悲しむ必要もない。
俺はあさみの所に行った。それだけだ。
そう思っとけ。
ヨギナミもつられて笑ってから、
お母さんに会うの、楽しみ?
と尋ねた。
楽しみだよ。
おっさんは言った。穏やかな顔で。
楽しみで待ちきれねえよ。
話したいことがたくさんあるからな。




