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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年9月

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2017.9.26 火曜日 高谷修平 病院

 天井が見える。

 他には、何も見えない。

 他のものが見たくても、体が動かないからだ。

 また、元に戻ってしまった。

 秋倉に行ったことは、北海道で起きたことは、

 全部、夢だったのだろうか?

 そう思った頃に、百合からLINEが来た。

『話したいことがある』と。

 何だろう?図書委員の話だろうか?

 今さら何を言われても、もう何もできないのに。

 でもそれで、今までのことを一気に思い出した。

 夢ではなかった。

 自分は本当に、あの町に行って暮らしていたのだ!

 ママさんがスマホをチェックして、クラスのほぼ全員からメッセージが来ていることを教えてくれた。

「あんた、友達多いんだね」

 とママさんは言った。

 みんな心配してくれていた。

 でも、返事をすることができない。

 百合にだけ『生きてる』と返信するようママさんに頼んだ。

 今できることは、天井を見つめるか、

 目を閉じて、秋倉のことを思い出すくらいだ。

 医者にはかなり怒られた。

「なんて無茶なことをしたんだ!死ぬ気か?」


 ええ、そうです。

 死んでもいいと思っていたんです。

 でも、行ってよかったですよ、楽しかったから。


 ()()()()()()()


 そう、もう全てが過去になってしまった。もう戻ることはできない。もうあの草原を自分で歩くことも、自転車で走り続けることもできない。友達と遊んだり、カフェで勇気と話したり、研究所へ結城をからかいに行くこともできない。

 もう、学校にも行けない。



 視界に、丸いような四角いような顔が入ってきた。

 丸メガネの新道先生が、修平の顔をのぞきこんでいた。

『気分はどうですか』

「最悪だよ」

 修平は喉の奥から声を絞り出した。

「悔しいよ」

 それが、本音だった。

 もっとあの町にいたかった。もっとみんなと一緒にいたかった。何より、百合と一緒にいたかった。平岸家で普通に暮らしたかった。

『申し訳ないが、私にもどうにもできないようだ』

 新道先生が言った。

『それくらい、今の君は状態が良くない。辛いでしょうが、しばらくは安静にするしかありません』

「先生」

『何ですか?』

「外は晴れてる?」

 修平は、外を見ることができない。

『今日は雨ですよ』

 先生が言った。

「雨なの?」

『はい』

「音、聞こえないね」

 修平は目を閉じた。

「雨の音が聞きたいなあ」

 そうつぶやいて、すぐ眠ってしまった。目を覚ましているのも辛かったのだ。

 新道先生は腕を組んで部屋の壁にもたれたまま、こころもち上を向いて考えていた。

 この子の人生は、これで終わってしまうのだろうか?

 いや、それはよくない。

 そんなことがあっていいはずがない。

 しかし、幽霊の身である自分にこれ以上何ができるのか?

 新道先生は考えた。なぜか、聞こえないはずの雨の音を聞いた。それは想像力で作り出した幻想にすぎなかったのかもしれない。しかし、その雨は確実に、新道先生の心を濡らしていった。そして、今まで起こったこと全ての記憶を浮かび上がらせた。行きていた頃の記憶も、死んで、修平と会ってからの記憶も、全て。

 何もできなくなった時に残されているのは、記憶と、空想力だけなのかもしれない。




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