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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年9月

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2017.9.24 日曜日 伊藤百合 教会

 伊藤百合は、神父の話が終わって皆が帰り始めてからも、教会の椅子に座ったままキリスト像を見つめていた。人の困難を、罪を、背負っている存在。


 主よ。

 なぜこうなってしまったのでしょう?


 百合が考えているのはもちろん高谷修平のことだった。体が弱いのは知っていたが、こんな形で急にいなくなるとは思っていなかった。しかも連絡が取れない。もう3日、LINEにも返事がない。

 もしかして、もう死んでしまったのか?

 もう、会えないのだろうか?

 そう思うと、胸が苦しくなる。この3日ずっと、締め付けられるような思いがしていた。いなくなって初めて気づいたのだ。自分の中で、高谷修平の存在が、こんなにも大きくなっていたことに。

 なのに、ここ数ヶ月、自分は何をしていただろう。

 彼を遠ざけようとして、ぞんざいに扱ってしまった。

 告白まで断ってしまった。本当は嬉しかったのに。

「思いつめた顔をしていますね」

 気がつくと、目の前に神父が立っていて、優しい眼差しを百合に向けていた。

「何か悩み事でも?」

「友達が──」

 百合はいったん言いかけたが、すぐに言い直した。

「好きな男の子がいたんですけど、病気で入院して学校からいなくなってしまったんです。突然。もう戻ってこれないかもしれないそうです」

「それは辛いですね」

「私、間違っていました」

 百合は自分に説教するように続けた。

「男の子と付き合ったら神に近づけなくなる。そう思って彼を遠ざけたんです。でも、それは言い訳にすぎませんでした。本当は、彼が病気で、体が弱いということをどこかでバカにしていたんです。私は昔から恋愛小説が好きで、いつか自分にも、お金持ちで、かっこよくて優しくて、そういう都合のいい男の人と出会って普通に結婚するんじゃないかって、どこかで思っていたんです。

 でも、神様が引き合わせてくださったのは、体の弱い男の子でした。学校に来るのも辛いような体力しか持っていないような。

 私、ひどい態度をとってしまって──すごく後悔しているんです」

 百合はそこで一息入れて、泣きそうになりながら、

「私はどうしたらいいんですか?」

 百合は神父に尋ねた。

「祈りましょう」

 神父は答えた。

「その男の子のために、祈るのです。自分の行いを悔やんで悩む時間があるなら、その時間は誰かのために使えるはずです。

 今その子のためにできるのは、祈ることだけです。

 祈りましょう。心を静めたら、次にやることが見えてくるかもしれません」

 神父は百合の隣に座ると、祈りの言葉を唱え始めた。百合も目を閉じて手を合わせ、その祈りをなぞった。教会からはすでに人がいなくなっていて、二人の祈りだけが広い空間を満たしていった。

 ふと、百合は誰かの気配を感じ、目を開けて顔を上げた。

 そこには、十字架にかけられたキリスト像があるだけだった。

 人々の罪を背負った存在。


 神様、まだ間に合いますか?


 祈りは、百合の心を静めた。ここ数日苦しめられてきた締め付けられるような後悔の痛みがやわらぎ、その代わりに、やらなければならないことが見えた。

 修平と話さないと。

 本当のことを伝えないと。



 教会を出てからスマホを見た。まだ、修平のLINEには動きがなかった。スマホを見られる状態ではないのかもしれない。

 でも。

 百合はそこに、

『大事な話があるから連絡をください』

 と書き込んだ。ここに『本当は好きでした』と書き込みたい。『早く戻ってきて』と言いたい。でもそれは良くないと思った。本人がちゃんと目を覚ましてから伝えたい。たとえそばに行けなくても。

 今できることは、祈ることと、待つことだけだ。






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