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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年9月

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2017.9.22 金曜日 ヨギナミ

 高谷がいなくなってしまった。幽霊と一緒に。しかももう戻ってこれないという。おっさんの友人がいなくなってしまったことになる。

 ヨギナミはおっさんと話したいと思っていた。最近会っていなかったから。しかし今日は昼頃から早紀が、


 もう私と所長しかいないから、

 二人で幽霊問題を解決しないと。

 今日研究所に行って所長と徹底的に話し合うつもり。


 と言って、意味ありげな視線をヨギナミに送ってきた。『邪魔するなよ』とその目は言っていた。少なくともヨギナミはそう感じた。研究所には近づかない方がよさそうだ。

 真っ直ぐ帰って勉強した方がいいと思ったが、誰かと話したいと思ってなんとなくカフェに足が向かった。

 店内は人が多く、カウンター以外の席は全て埋まっていた。壁際のおじいさんが『最近、血糖値がねえ』と妙な大声で話しているのが聞こえた。松井マスターは忙しそうに店内を歩き回っていて、カウンターの反対側にはヘッドホンをした高条がいた。いつものようにスマホを見つめている。


 お待たせしてごめんなさいね。今日人が多くって。


 マスターがカウンターに戻ってきたので、ヨギナミはコーヒーを頼んだ。


 ねえ。


 高条が近づいてきた。


 修平と連絡取れた?


 ううん。LINEまだ既読になってない。


 俺もなんだよね。あいつ大丈夫かな?


 心配ねえ。こないだ来た時は元気そうだったけど。


 松井マスターが言った。他にも何か言いかけたが、また新しい客が入ってきたので、そちらへ行ってしまった。


 あのさあ、新橋から何か聞いてる?


 高条が尋ねた。


 何かって?


 修平のこととか、幽霊のこととか。


 あ、さっき言ってたかも。先生がいなくなったから、奈々子って人の話し相手がいなくなったとか。


 まだ幽霊いるんだな。


 高条が思案の顔をした。


 高条って、サキのことまだ好きなの?


 ヨギナミが尋ねると、高条は嫌そうな顔をして、元の位置に戻ってまたスマホを見始めた。


 今日は本当に人が多いわ。

 近くで何かイベントでもあったのかしら。


 松井マスターが言いながら戻ってきた。

 ヨギナミは何か話そうとしたが、そもそも何を話したかったのかわからなくなってしまった。急にいなくなったクラスメートのことか、おっさんのことか、それとも、死んで1ヶ月にはなる母のことか──まだそれくらいしか経っていないのに、自分は母のことをもう考えなくなっている。これはどういうことなのだろう?


 お母さん、昔よくここによく来てたんですよね?


 ヨギナミは松井マスターに聞いてみた。


 ええそうそう。ちょうどナミちゃんくらいの歳の頃にね。学校帰りによく平岸さんや、今の杉浦の奥さんと一緒にね。あの3人はどこに行くにも一緒だったわねえ。


 確かに、母は友達と一緒にいる時は楽しそうな様子を見せる時もあったかもしれない。自分の前では常に冷たい顔をしていたが。


 あの時はまさか、こんなに早く亡くなるなんて想像もしなかったわ。

 ナミちゃん、最近大丈夫?


 大丈夫です。


 大丈夫なのに、なぜここに来て座っているのだろう?飲みかけのコーヒーを持て余しているのに、帰れずにいるのだろう?


 何度もしつこいようだけど、何か困ったことがあったらすぐ言いなさいね。


 松井マスターはそう言って、また来た新しい客の所へ行った。

 ヨギナミは『帰ろうかなあ』と思っていたが、なぜかその場から動けずにいた。店内の半分は、よそから来た観光客だった。裕福で、自由に行動できる余裕がある人達。子供を連れている両親もいる。

 母には、子供をどこかに連れて行くという発想は、なかったのだろう。

 自分がどこかに行けるとすら、思っていなかったのかもしれない。ただずっとあの家で、何かを待って、弱っていった。何を待っていたのか。保坂典人の気が変わるのを?

 それは虚しい人生だ。

 おっさんと話したいなとヨギナミは思った。でも今日は無理だ。幽霊話と高谷の話で、早紀と所長は悩んでいるだろう。あの二人の関係も不思議だ。いったいどうなるのだろう?

 帰ろうとして顔を上げると、高条が自分をスマホで撮っていることに気がついた。


 何してるの?


 コーヒー飲んでる姿がなんかいいなと思って。

 いい絵が撮れた。見る?


 高条のスマホを見ると、コーヒーを飲む間抜けな自分の姿が映っていた。


 それは消してね。


 何で?広告に使えそうなくらい絵になってるのに。

 ヨギナミ、今度うちのPR動画に出てよ。


 やだ。サキみたいに炎上したら怖いもん。


 高条はよそから来たから、この町の人が自分をどう扱ってきたか知らないのだろうとヨギナミは思った。もし知っていたら、『与儀あさみの娘』を店の広告に使おうなどと思うはずがない。

 ヨギナミがお金を置いて店を出ようとすると、


 まだお母さんのこと気にしてんの?


 高条が言った。ヨギナミは立ち止まった。


 もう関係ないんだよ。いや、元々関係なかったんだよ。

 お母さんの振る舞いとヨギナミの存在には。

 町の人もそれはもうわかってると思う。

 考えてみてよ、PR動画。


 ヨギナミは何も答えずに店を出た。

 そんな簡単な問題じゃない。町の人はヨギナミ見かけるたびにひそひそ悪口を言っていた。面と向かって『恥ずかしくないの?』と言ってくるおばさんもいた。『あんた、自分が存在していて恥ずかしくないの?』と来るのだ。母の不倫で産まれた子だから。

 でも、後でよく話を聞いたら、自分ができた時、まだ相手は結婚していなかったから、不倫と呼べるかは怪しい。少なくともその時点では。

 しかし、町の人は、母も自分も許さなかった。

 ヨギナミはそれがどうしても忘れられなかった。


 やっぱり勉強しよう。そして早く町を出よう。


 ヨギナミは部屋に帰ってすぐ勉強を始めた。しかし、さきほど高条に言われた『もう関係ないんだよ。もともと関係なかったんだよ』という言葉も忘れられなかった。

 どちらにせよ、母はもういない。

 自分一人で生きていかなければならない。

 わかりきったことなのに、何かが心に引っかかっていた。それは何だろう?何がおかしいというのだろう?でも何か、違和感がある。

 ヨギナミは自分が何を考えているのかよくわからず、勉強の手を止めて考え込んだ。何かがおかしい。でもそれが何なのかわからない。

 そのうちあかねが『夕飯食べないの!?』と怒鳴り込んで来たので、ヨギナミは考え事をやめて平岸家に向かった。






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