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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年9月

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2017.9.19 火曜日 研究所

 両親は神戸に帰っていった。お土産をたくさん持って。

 久方創は猫達が散らかした(もしかしたら早紀かもしれないが)ものを片付けながら、おそらく今日は早紀が来るだろうなと思っていた。ここ数日、毎日のように『今どこにいるんですか』『いつ帰ってくるんですか』と言ってきていた。もしかしたら試験でストレスがたまっていて、ここで息抜きしたいのかもしれない。


 英作文が難しかったんですよ。

 テーマが国際政治のことだったから。


 午後、来るなり早紀が言った。


 英語がわかっててもニュース見てないと何も書けないですよね。私はわりとできたけど、ヨギナミが泣きそうな顔してたし、佐加なんか『アメリカのファッションの話でごまかした』とか言ってるんですよ。あの西田がそんなの認めるわけないってみんな言ってます。


 早紀は試験についていろいろ話した後、


 所長、


 急に顔色を変えて言った。

 

 ヨギナミのお母さんが死んでから、何か変化ありました?


 痩せた青白い、しかしどこか気が強いあの顔を思い出した。あさみと話した時や、会った時の様子の全て、その時にあった強い感情の全てを。

 いや、これは僕の記憶じゃない。


 橋本は時々、平岸家に手を合わせに行ってるよ。


 久方は平静を装って言った。


 そうなんですか?全然気づかなかった。


 早紀は驚いたようだ。


 サキ君が学校に行ってる間に行くんだよ。


 橋本、何か言ってました?


 特には何も。ただ黙って手を合わせて、平岸の奥さんと昔話するだけ。


 久方は自分が覚えている限りの『昔話』の内容を早紀に聞かせた。


 昨日勉強してるときに、ふと思ったんですけど、


 早紀が言った。


 人の死って、まわりの人を動揺させますよね。

 たとえそんなに仲良くない人だったとしても。

 ヨギナミのお母さんには一回しか会ったことないけど、でもやっぱり死んだ後、いろんなことを考えたんです。自分の親が死んだらどうしたらいいんだろうとか、そもそも人の死って何なんだろうとか。

 それに、3人の幽霊のことを思い出したんです。

 あの3人が死んだ時も、同じようにショックを受けたり考え込んだりした人がたくさんいたはずですよね?


 そうだね。


 でもそれは、本人には伝わらない。もう死んでるから。だけど、幽霊になっている3人にはそれがわかってる。

 自分の存在が消えたことで、いかにまわりの人が影響を受けたか。


 早紀はコーヒーを飲んでから言った。


 それだと、自分が死んだこと自体が未練になったりしませんかね?まわりの人を悲しませたことが。でもそれって今さらどうにもなりませんよね?


 そうだね。起きてしまったことは変えられない。


 なら、もう、それはそれとして、これからを何とかするしかない。

 やっぱり私達、ずーっと幽霊と一緒にいなきゃいけないですかね?


 そうかもしれないね。


 あーあ、嫌だなあ。奈々子に人生貸すの。


 早紀が言ったが、あまり深刻な響きではなかった。

 それから、


 やっぱり結城さんって、私に興味ないですよね?


 と尋ねた。

 久方はどう答えればいいか迷った。結城は『欲望を抑えている』のだ。ギリギリの所で。しかし、それは早紀には伝えない方がいいと思った。何か起きては困る。


 あいつはピアノと奈々子さんのことしか考えてないよ。


 久方はそう答えた。


 ですよね〜!あーやだやだ!


 早紀が頭を振った。その結城は、今日は朝からずっとメンデルスゾーンの曲をピアノアレンジして弾き続けていた。これは始めてだ。気分転換でもしたくなったのだろうか。

 早紀はその後、学校や平岸家のことをしゃべり、かま猫と遊んでから『試験勉強する』と言って帰っていった。


 僕は卑怯だろうか?


 久方は一人思った。結城は早紀に興味がないわけではない。むしろ大ありだ。あんなきれいな子が積極的に近づいてきたら、誰だって欲望が芽生えるだろう。

 でも、それは欲であって、愛ではない。

 付き合ってもろくなことにならない。


 いいんだ。これが正しいんだ。


 久方は自分に言い聞かせたが、罪悪感がないわけではなかった。今日の夕食はピアノ狂いの好きなものにしようと思った。何のごまかしにもならないことはわかっているが。








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