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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年9月

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2017.9.11 月曜日 図書室 高谷修平

 今日は百合が図書室を開けた。静かに勉強したい人のためだ。杉浦塾はどうしてもうるさくなるので、図書室で勉強したいと、あの佐加が言った。百合はちょっと驚いたのだが、図書室を開けてやることにした。

 もちろん修平も来ていて、本棚を見るふりをしながらカウンターの百合と、邪魔な佐加を交互に見ていた。佐加は真面目に勉強している。隣には早紀もいる。百合と話したいが、あの二人がいると絶対に邪魔される。

 修平は考えた末、苦手な書庫の扉を開け、中に入って窓を開けた。風が入ってきて、

「グェッホッ」

 ほこりが舞い、咳が出た。長年使わず放置された本や書類は、それ自体がほこりやカビに侵食されたような臭気を放っていた。

「何をしてるんですか?」

 百合が機嫌の悪そうな顔で入ってきた。

「ここ空気悪いじゃん。換気した方がいいよ」

 修平は言った。

「ここの本って結局どうなるの?学校なくなったら」

「町に寄付することになっています」

 百合は他人行儀に答えた後、窓に近づいてきた。きれいな顔が日の光に照らされて、表情に独特の陰りを作った。何か悩んでいることでもあるのだろうかと修平は思った。

「土曜日に、先生の奥さんに会いに行ったんだよね」

 修平は言った。

「でも、もう他の友達と再婚したみたいでさ〜」

「十分ありうることだよね」

 百合が窓の外を見たまま言った。

「十年以上経ってるんでしょ。死んでから」

「だけどさあ、なんていうか」

 修平はためらいがちに言った。

「人って、愛した人のことを、そんなに簡単に忘れられるもの?」

「簡単では、ないと思う」

 百合が言った。

「きっと奥さんも苦しんだはず。夫がそんなに早く亡くなったら。確か30代くらいで亡くなっているんでしょう?」

「うん」

「きっと衝撃だったはず」

 百合が修平の方を向いた。

「それに、夫がいなくなって、子供を抱えて一人でやっていくなんて今だって大変なのに、当時はもっと大変だったと思うけど。それをなんとか乗り切って、今幸せに暮らしているならそれでいいしょや」

「でもさあ──」

「何ですか?奥さんに一生一人でいろとでも?」

 百合の声が厳しくなってきた。

「先生はそんなこと望んでないのでは?奥さんと子供の幸せを願うものでは?死者は生者のそばにいて守ってくれるってよく言うけど、きっと先生も奥さんが今幸せならそれでいいんじゃない?」

 百合は窓から離れ、書庫から出ていった。修平は窓を閉め、書庫を出た。佐加と早紀はまだそこにいて、二人で何かヒソヒソ話をしていた。俺の悪口を言ってそうだなと思い、修平は本棚に隠れた。

 百合に、自分のことを忘れてほしくない。

 自分が死んでしまっても。

 でも、そんな重いことは、言い出せない。

 百合はカウンターで洋書を読み、佐加と早紀は時々ヒソヒソ話をしながらも真面目に勉強を続けていた。修平は一人本棚の奥をうろつき、目についた本を取り出して眺めたり、また考え事にはまって歩き回ったりと、落ち着きがなかった。

「帰る時間だぞ〜」

 河合先生が呼びかけに来て、早紀と佐加に気づくと、

「おっ、真面目にやってるな」

 と言って笑った。

「だって来週試験じゃん」

 佐加が言った。『数学わかんね』という愚痴をしばらくしてから、先生と女子二人は出ていき、百合がドアに鍵をかけた。修平はその様子をじっと見ていた。

「何ですか?」

 視線に気づいた百合がにらんできた。

「何でもないよ」

『きれいだと思って』といつもなら軽く言えたのだろうが、今日は言えなかった。

「鍵、返しておいてくれます?」

 百合は事務的に言って、修平の手に鍵を押し付けると、そのまま走っていってしまった。

 やっぱり避けられてる気がする。

 修平は落ち込みながら、鍵を返しに職員室に向かった。





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