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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年9月

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2017.9.10 日曜日 サキの日記

 橋本を思いっきり罵って殴り倒したい。『全部お前が死んだせいだ!』と言いたい。でも、今奴は所長に取りついている。奴に何か言うと所長に聞こえてしまう。あの所長には、きつい言葉を聞かせたくない。

 母と久しぶりにテレビ通話したら、橋本のことでケンカになった。母にとって橋本はあくまで『優しいいとこのお兄ちゃん』なのだが、私にとってはほぼ天敵なので『そんなきつい言い方しなくたっていいじゃない』と言われてしまう。でも私は許せないのだ。イライラする。橋本のことを考えると。

 それが伝わったのか、発声練習の時所長に、目つきが怖いと言われてしまった。橋本をにらむような目で所長を見てしまっていたらしい。

 もう歌のレッスンはしないと言っていたのに、来てみたらやはり奈々子は出てきた。しかも『サキは橋本のことでお母さんとケンカしてイライラしている』とバラしてしまったため、今度は『奈々子殺したい。もう死んでるけど!』という気持ちでイライラすることになった。

 つまり今日はずっとイライラしている。

 所長は私をなだめようと『散歩に行こう』と言った。


 サキ君、今のうちに緑を見ておかないと。

 夏はもう終わるよ!

 秋もあっという間に過ぎて、

 すぐ雪の季節になってしまうよ。


 と言った。そして、畑を見て回っていた。私は季節を見るどころか、所長のそういうのんきな所にますますイラッとして、

 

 所長は橋本が憎くないんですか?


 と聞いてしまった。すると所長は振り返って、


 その段階はもう、だいぶ前に過ぎた。


 と言ってニコッと笑い、また歩き出した。私はついていった。所長は草原の真ん中あたりまで歩いていって、ふと足を止め、


 どうにもならないことだったんだって、

 今はわかるから。

 もう怒りは感じない。

 ただ、悲しみは変わらずそこにあるけどね。

 どうしてこうなったんだろう、とか、自分ではどうすることもできない無念さみたいなものはね。


 落ち着いた、静かな声だった。草が風にそよぐ音にかき消されそうなくらい。それから、


 見てよサキ君。

 ここには何もないようで、全てがある。


 と言った。


 所長が言っている『全て』というのは『自然』とか『命』という意味であって、物質的なもののことではないのだろう。空が、風が、草木があればそれでいい。所長はそういう人だ。

 私はそういう人になれそうにない。

 邪念が多すぎる。

 橋本は許せないし奈々子はウザいし、結城さんがこっち見てくれないと嫌なのだ。なんて子供っぽいんだろう。いろんな経験をしてきたはずなのに、ちっとも大人になれてない。

 建物に戻った後、コーヒーを飲みながら『夏が終わるねえ』とか『今年はあまり遊べなかったなあ』とか、どうでもいいことをボヤき合った。本当はもっと話さなきゃいけないことがあるような気がするのに、その言葉は決して口から出てこない。

 私は、所長は、

 お互いにとって、何なのだろう?


 


 帰り、林の道を歩いていたら、また何かがさあっ、と目の前を横切ったような気がして、足が止まった。

 何かが、私に何かを伝えようとしている。

 そう思った。でもそれが何なのか、今も考えているんだけどわからない。でも、たぶん、所長に関係のあることだ。そんな気がする。




 修平は今日も元気がない。新道の奥さんが別な人と暮らしているのが気に入らないらしい。でも、『夫が死んだら一生一人でいて、再婚しないでください』なんて、いつの時代の話?江戸時代でさえ早くに夫や妻を亡くした人はまわりの勧めで再婚してたという話をどっかで聞いたことがある。

 橋本も新道も、生きてたら50代?もっと?とにかくかなり古い時代の人間なのだ。そんな人達に人生振り回されるなんて嫌すぎる。

 勉強しよう。もう日曜の夜なのに、宿題やってないことに気づいた。

 しかも数学だ。ヨギナミんとこ行ってくる。






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