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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年8月

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2017.8.29 火曜日 サキの日記

 Jアラート。北朝鮮がミサイルを打ち、北海道の上空を通過した。朝の6時に。スマホがめっちゃうるさい音を発した。本当は外出ない方がよかったんだろうけど、ヨギナミ、修平と一緒に平岸家に行った。ただ、平岸家には窓のない部屋はなくて、半地下みたいになっている物置にみんなで集まった。「本当に落ちるの?」「いや、ここには来ないでしょう」とか話しながら数分過ごした。

 すぐ『通過しました』ってまた出たけど、この音いちいち心臓に悪い。落ち着かないまま朝食を食べた。

 北海道は一番安全そうな場所だと思っていたのにってうっかり言ったらあかねが、


 何言ってんの?北海道って元々ロシアから内地を守るために開拓された場所なのよ?何かあったら真っ先に戦場になるわよ。あたしでさえ知ってることよそんなの。

 嫌ねえ本州の人って。自分が一番安全な所に住んでるくせに、北海道や沖縄には変に夢見ちゃってるんだから。


 と言った。平岸パパがその後話したのは、昔、日本人が樺太(北海道の更に北)にも住んでいたけど、ロシアが攻めてきたので、そこの人達は北海道に逃げて来たということだった。


 つまり、年寄りは、

『実際に攻め込まれた記憶がある』んだよ。


 いつロシアや他の国が攻め込んで来るかわからない。そう考えている人は今でもいる。特に、ロシアの動きに敏感な人が多いと。

 私、そういうこと全然考えたことがなかった。


 物騒な世の中になったわねぇ。

 頑丈な建物に避難しろって言われても、

 この町にそんなものないしねえ。

 地下だってそんなにないでしょ。


 平岸ママがぼやいた。地下と聞いて研究所の地下(お菓子が置いてある所)を思い出したので、結城さんと所長にLINEしてみたら、


 結城が怖がって、地下にこもったまま出てこない。


 と所長が言ってきた。同じ頃に学校から「状況がわかるまで登校しないでください」とメールが来た。もうミサイルは通過したのに、まだ確かめることがあるんだろうかと思った。

 学校は結局、今日は休みになった。

 私はヨギナミと一緒に研究所へ向かった。スマホには、佐加や、学校のほとんどの子から「怖いね〜」「迷惑だよね〜」「意味わかんね」というコメントが来てた。

 研究所に行くと、所長はいつものようにカウンターに座ってパソコンを使っていた。


 結城はまだ地下にいるよ。


 と所長は言った。そして笑いながら、


 そろそろ、クモでも放り込んであぶり出そうかと思ってるんだけど。


 と言ったので「クモはやめてください」と言ってから、地下に様子を見に行った。

 結城さんは、大事なマフィンの袋を抱いて、すみっこに体育座りしていた。なんかウケる。「こんな時にマフィンですか?」「どんだけ好きなんですか?」と2人でからかったけど、結城さんは、


 まだ2発目が来るかもしれないだろォ!?


 と血走った目で言った。目がマジだった。本気でミサイルが怖いらしい。もう通過したから大丈夫っていくら言っても動こうとしないので、キッチンに行ってポット君にコーヒーを3つ地下に持ってきてと言ったら、めっちゃ嫌そうな顔を表示された。

 結城さんにコーヒーを渡したら、無言でマフィンをくれた。所長も降りてきて「僕も混ぜてよ」と言った。地下室に4人集まってコーヒーを飲んでたら暑くてたまらなくなったので、3人で結城さんを引っ張って無理やり1階に連れ出した。もう大丈夫だと言い聞かせながら。

 テレビは見せない方がいいと思ったので、歌の練習しましょうと言ってみたけど「そんな気分になれない」と言われてしまった。結城さんは2階の自分の部屋に行き──ピアノは鳴らなかった。静か。どうしたんだろう?


 落ち着かないんじゃない?

 僕も朝から落ち着かないよ。

 Jアラートのあの音、怖いよね。

 ミサイルそのものより怖いかもしれない。


 それもミサイルが道内に落ちなかったから言えることだ。落ちたらどうなっていただろう?戦争?わからないけど、私にはどうにもできそうにない。

 落ち着かないとか怖いとか言いながら、所長はいつもより機嫌がよさそうだった。急に起きた予想外のイベントで活気づいちゃったのかもしれない。

 ただ、天気が1日中雨。所長も今日は外を歩く気にはなれないようだった。昼は一緒にパスタを作ったけど、ヨギナミの方が料理に慣れていた。ただ、お母さんが嫌いだったからパスタはあまり作ったことがないと言っていた。

 さすがにお腹がすいたのか、結城さんも降りてきた。一緒に食事するの久しぶりだ。でも、結城さんは今日、ほとんどしゃべらなかった。無言で食べ、無言で2階に戻り、ドビュッシーの『月の光』を弾き始めた。


 あいつらしくない選曲だなあ。

 かなり弱ってるな。


 所長が天井を見ながらつぶやいた。

 皿を洗っているうちにピアノは聴こえなくなり、結城さんがまた降りてきて今度はアイドルのDVDを見始めた。そんな暇があったら歌の練習しましょうよと言っても、「今の俺には癒やしが必要なんだ!」と言われて終わり。

 つまんないから帰ると言ったら、所長に悲しい顔をされた。そうだ、平日はここに来ないようにしてたんだった!Jアラートのせいで忘れてた。

 帰ろうとしたらヨギナミが「私まだここにいるね」と言った。橋本と話したいのかなと思ったので、いいよって言って一人で帰った。

 結城さんがミサイル怖がるなんて意外だ。いつもは偉そうな態度のくせに、変なとこが繊細なんだな。




 平岸家に帰ったら食卓に修平がいて、パソコンでニュースを見ていた。「また打ってきそう」と言っていた。北朝鮮はミサイル開発を続け、アメリカを標的に試し打ちをし、それが北海道の上空を通過する。同じことがまた起きるだろうと。

 嫌だな、こんな風に生活乱されるの。

 本当に落ちてきたら怖いし。

 平岸パパとママは「地下室をもっと広くするべきだっただろうか」と話し合っていた。このあたりにはミサイルが落ちた時に避難するような頑丈な建物がない。学生はもういなくなるけど、近所の人が入れる地下室があってもいいかもしれないとか何とか。自分の家族だけじゃなくて、近所の人のことも考えてるのすごいと思ったけど、よく聞いたら「純也に孫ができたら安全がどうこう」と言っていた。あれ?純也さんもう結婚した?気早くない?ちょっと笑ってしまった。

 あかねが見当たらないので部屋に行ってみたら、


 いい所に来たわ!これを読んで感想を──


 ヤバい裸のBL画像を見せられそうになったので、秒でドアを閉めてキッチンに逃げ、気晴らしにハーゲンダッツを食べた。

 部屋に戻って勉強しようと思ってたけど、やっぱり落ち着かない。今日はもう何もできない日だと諦めることにして、ネットで面白い動画探して、佐加とやりとりして、杉浦からの「塾に来たまえ。休みの日こそ集中的になんとか」というしつこい勧誘をスルーしてたら、あかねが「夕飯!」と怒鳴り込んできた。夕食はお刺身だった。

 ミサイルが上空を飛んでも、平岸家はいつもと変わらない。日本は、平和だ。でも、それが脅かされることもありうるということを今日知った。しかも、日本一安全だと思っていた北海道という場所で。

 いつ、何が起きるか、本当にわからないんだ。

 だから、今を大切にしなくては。

 結城さんに「もう落ち着きましたか」とLINEしたら、返事はないけど既読になった。何を思って私の言葉を見てるんだろう?

 そういえばヨギナミが夕食にいなかった。まだ所長の所にいるのかな。

 何をそんなに話すことがあるんだろう?

 私の悪口を言ってませんように。

(ヨギナミはともかく、橋本は言いそう)。








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