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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年8月

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2017.8.21 月曜日 サキの日記 始業式

 朝からみんなの様子がダルめ。「あ〜夏休みおわっちゃった〜」って感じ。

 始業式の校長の話が長すぎて、強烈な眠気に襲われてカクッとなった。また隣の杉浦に肩を突っつかれたけど、これに乗ると前みたいなことになるので無視した。後で聞いた話だと、校長は最近お経にハマっていて、ナントカ宗のナントカというお経のありがたい話をしていたらしい。

 二学期になって、席が変わった。今回はくじ引きではなく、4人ずつグループごとにかたまった席になった。私は窓際の一番前の席。隣が修平、後ろがあかね、斜め後ろが勇気。廊下側の4つの席が第2グループ、後ろの余った4席が第1グループになった。

 母に「学校始まった」と言ったら「北海道は早いもんね」と返事が来た。

 河合先生から「9月に試験あるから忘れるなよ〜」というありがたくないお知らせと、ITの偉い人の本の話があった。河合先生はネットが苦手だけど使わないわけにはいかないと思って勉強しているらしい。でも勇気と保坂が、


 ITの勉強は本じゃなくて動画でやんないとダメですよ。


 と言って笑っていた。河合先生は「ネットのことは若い人の方がよく知ってるからなあ」とちょっと困っていた。教える立場としては、いろいろとやりにくいのかもしれない。

 新学期が始まって、やる気とウザい情熱が空回りしている杉浦が、


 今日から気合を入れて勉強だ!

 午後から塾を開催する!


 と言った。奈良崎と佐加が逃げていき、伊藤ちゃんが「掃除をサボるな!」と叫んでも戻ってこなかった。私は掃除が終わるのを待って、借りた本を返すために、伊藤ちゃんと一緒に図書室へ行った。

 いつもつきまとってくるカッパが、今日はさっさと帰ってしまった。

 図書委員なのに来ないけどいいのって聞いたら「いろいろあるんです」って言われたから、「修平に告られてフッたって本当?」って聞いたら、


 個人情報なのでお答えできません。


 と言われた。何を言っても跳ね返されそうなので、『高慢と偏見』の感想だけちょっと話して、すぐ帰ってきた。

 平岸家でオムライスを食べてから、気が進まないけど、受験生なので杉浦塾へ行った。

 保坂と杉浦が、どこから持ってきたのか、プロジェクターで本だらけの壁にパワーポイントで作った資料を写していたけど、「スクリーンにできる壁がねえべ」と言って、シーツを持ってきて本棚にかぶせようとしたり、いろいろやっていてうるさかった。ヨギナミが来ていて「バイトの面接に落ちた」と言ってきたので、「もうやめて勉強に専念した方がいいよ」と言ったけど、家の代金を返したいとか、生活費くらい入れないととかブツブツ言っていた。ヨギナミは、人に頼ることに罪悪感を抱きすぎだと思う。今までさんざん苦労したんだからもういいじゃんって私は思うんだけど。

 しまいには杉浦にまで「何かバイト先ないかなあ」と言い出し、「そんなことより勉強したまえ。公務員試験は甘くないのだよ」と偉そうに言われて黙った。

 杉浦の言うことは聞くんだな、ヨギナミ。

 2時半頃勇気がカフェのクッキーと挽いたコーヒーを持ってきたので、杉浦の家のキッチン(ここも本だらけ)でコーヒーをいれた。


 最近、調子どう?


 と聞かれたので、


 奈々子に歌の練習させてる。


 と答えたら、


 結城さんとはどうなった?


 と聞かれたので、「奈々子とピアノにしか興味ないよ」と答えたら「そう」と言ってそのままコーヒーを持って出ていった。それを聞いてどうするんだろうと思った。もしかして勇気、私が結城さんに振られるのを待ってるとか?

 気にしつつ戻ったら、勇気はヨギナミの隣に座って「あの幽霊のおじさん、最近どう?」とか聞いていた。だから、それを聞いてどうするんだ?何考えてんだろう?

 ヨギナミは昨日橋本が来た時の話をしていた。平岸ママと一緒に亡き人の思い出話をしていたらしい。「残された人の悲しみがやっと理解できた」とか何とか言ってたらしい。そんなことは死ぬ前にわかれと言いたい。影響をもろにかぶった私と所長はたまったものではない。

 今日、全然集中できなかった。

 帰ってから勉強しようと思ったら、今度は隣のカッパがギターを鳴らしててうるさい。伊藤ちゃんに振られてヤケを起こしたのか、最近毎日こうだ。注意しても無駄そうなので平岸家でアプリやってた。

 平岸パパが新聞を読んでいて、平岸ママはスギママと外出していていなかった。

 夕食はショッピングモールまで食べに行くことになった。二学期も始まったし元気づけるためと言って、またモツ鍋の店だった。ヨギナミはやっぱり「このだしが欲しい」とか言っていた。あかねはむっつりと黙っていた。修平もほとんどしゃべらないので、私が平岸パパの経済の話を聞く役に回った。今アメリカが大きく分断して政策も変えてきているので、日本経済にも影響するだろうとか何とか。トランプの話だったかな?「今までとはかなり違うことになりそうだ」とか。それから平岸パパは「大人になったらどの会社の株を買いたいか、今のうちに調べておくといいよ」とも言っていた。

 でも私は、経済より自分の人生をなんとかしたい。

 すぐ落ち込む自分自身をなんとかしたい。

 そう言ったら、


 精神を安定させるためにも、経済を知るのは大事だよ。

 それに、株やマーケットの話には、

 殺人事件もネガティブな中傷もないからね。

 投資家はみんなポジティブだよ。

 もちろん、

 リスクはきちんと理解した上での楽観だけどね。

 変な小説読むよりよっぽど体にいいよ。

 頭の体操にもなるしね。


 だそうだ。文章を書く人間としては、『変な小説読むより』という所が引っかかる。確かに文章はお金にならない。よほど有名な作家じゃない限り、それだけでは生きていけない。今はインスタ映えとか、動画の時代で、文章はあまり注目されていない。

 だけど、文学にしか表現できないことがまだあるはずだ。

 人の内面とか、思考とか。

 すると、あかねがまた妄想を発した。


 株で儲けた美青年が、金では埋められない心の隙間を埋めるために美少年を次々と誘惑するんだけど、一人、どうしても金では落ちない子がいて、そのうち心からその子に恋をしてしまうというのはどう?


 すると平岸パパが、


『金では心を埋められない』っていうのはよくある偏見だよなぁ。大抵のことは金で解決できるし、できなくても、生活を楽にすれば心もある程度は休まるってもんだよ。

『金持ちに心はない』なんてのは、偏見以外の何物でもないよ。それだけの金を稼ぐまでに、普通は苦労して人格も磨かれるもんだよ。そこに信用が生まれて人が集まるんだよ。


 とけっこう強く反論した。でもあかねは、


 そんなのどうでもいいの。

 マンガはエンタメ的におもしろければいいの。

 美少年の美しい絡みがあればいいの。


 と言った。修平が『うへぇ』と変な声を出して「ウーロン茶頼んでいいすか」と尋ねた。私は一緒にコーヒーを頼んだ。ヨギナミはまた「バイトが見つかりません」と言い出して「やらなくていいから勉強しなさいね」と平岸パパに言われていた。

 私は帰ってから平岸パパとあかねが話していたことを思い出し、エンタメ作品が人々に与えてきたイメージを考えた。「お金持ちは悪いやつ」逆に「お金持ちはすばらしい」または「金で心は買えない」とか、そういうやつだ。そのイメージが最初に現れたのはいつ頃だろう?昭和?明治?江戸時代?もっと前?

 私達は、真実ではないことを、いつの間にか真実だと思い込まされているのかもしれない。『学生の本分は勉強だ』と言うけど、勉強ができても人格的に破綻している人を見ると、教育は失敗だなと思うし、『金持ちは自分のことしか考えていない』という人もいるけど、平岸パパはお金も時間も、よその子供達のために費やしている。もちろん親から代金取ってるけど、それ以上のものを私達に与えてくれている。

 物事を見るときは、まず自分がどこからか得てしまった『偏見』のフィルターに気づくことが大切だ。じゃないと、本当に起きていることが見えなくなる。でも、自覚するのは難しい。

 やっぱりいろんな人に会わないと、いろんなフィルターの存在も見つけられないんだろうな。




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