2015.11.15 秋倉の草原
夜の曇り空、星も当然見えない。
微かに雨の粒が当たるのも感じる。
何故だろう。こんな寒いところにいるのに、
いつもより今の状態のほうが、自分に馴染んでいるように思えるのは。
久方創は、草原の真ん中で、マフラーとフードを両手で押さえながら震えていた。今時期は雪のほうがありがたいのだが、今日はなぜか小雨だ。降ったりやんだりを繰り返している。
あたりは本当に真っ暗で、建物も明かりもない。まるで別な空間に迷いこんだかのようだ。
何かが見つかるという確証はないが、探してみたくなる……どこかで見落としたものを、無くした何かを。
久方は少しずつ、闇の中へ進んでいった。
足元に草の感触がする。
雨粒が顔や手に当たるのを感じる。
この感覚は自分のものだ。
誰にも渡せない。
舗装された道にぶつかった。目がなれてきた。
そこは別空間ではなく、いつもの秋倉の草原だった。
急に我に返った久方は、あたりを何度も見回したが、もちろん何も見つからなかった。一体自分は今何を探していたのだろう?何を考えていたのだろう?
引き返すことにした。また自分が凍えているのを忘れていた。震えながら早足で歩いた。
戻っても、また助手がピアノ弾いてるなあ……。
建物に続く林の道に入ると、もう聴こえてきた。何の曲だか知らないが、夜中に聴きたくない怖い音であることは確かだ。戦争の鎮魂歌かもしれない。
助手が夜中にピアノを弾くのは珍しい。いつもなら、朝か、3時に攻撃を仕掛けてくるのだが。
出かけた先で何かあったのかな……。
後で聞いてみようと久方は思った。言葉がちゃんと口から出せればの話だが。
いっそ、言葉のない感覚だけの世界にいたほうが楽なのかもしれない。ここに来てからはいつも、空や雲や、植物を眺めて、無言で過ごす時間が一番安らいでいた。さっき暗闇で自分が探していたものも、それかもしれない。
しかし、ここは人が住む町だ。
しかも変人の町なのだ。
全く人と関わらずに過ごすことはできないし、そんなことは望んでもいない。
新橋早紀がいてくれればと思った。早紀が相手だと、なぜか言葉が出やすい。年下だからだろうか。
でもなぜ他の学生(特に平岸あかね)は怖いのに、早紀は平気なのだろう?
一階の廊下を歩いていると、ポット君が近寄ってきた。一緒にキッチンに行った。ピアノはまだ聞こえている。
あいつは何を考えてるんだろうなあ。
コーヒーを飲みながらつぶやくと、ポット君が『なんのこと?』という顔を表示した。
助手のピアノ。
と答えた瞬間、あからさまに苦々しい表情に変化した。
ロボットは素直でいい。




