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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年8月

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2017.8.19 土曜日 サキの日記

 一人の人間の死が、さまざまな悲劇を生む。橋本が死んだ。母はそれを見てずっと悩み続けていた。仲の良かった幸平という子も後を追うように自殺。自分も死のうと思っていた時にバカ、じゃなかった、うちの父に出会った。父の顔が幸平という子にそっくりだったからだ。

 だから、橋本が死ななければ父と母は出会わず、私は生まれなかったかもしれない。所長だってそうだ。初島が死んだ橋本をよみがえらせるために作った体。でもその体にはもう魂が宿っていた。当たり前だ。

 そして奈々子は所長を助けようとしたために、初島に目をつけられて殺された。

 一人の人間の死が、次々といろいろなことを引き起こす。


 所長と私が似ているのは当たり前だ。

 私達は、同じ悲劇から生まれたのだから。




 今日は研究所へ行った。ヨギナミと修平も一緒。2人とも奈々子と結城さんが歌の練習をするのを、余計な横やりを入れながら見ていた。奈々子と結城さんはあまり気にしていないみたいだった。ただ、奈々子は、何を思ったのか、


 橋本は死ぬべきじゃなかったね。


 と突然つぶやいた。


 世の中、変わったのに。

 昔は想像できないほど。別世界みたいに。


 と言っていた。

 時代は変わり、髪の色なんて今は誰もとがめない。学校だと校則で黒じゃなきゃダメな所あるけど『生まれつき』の髪まで変えろと言う人はいない。そんなことを言ったら差別になるからだ。

 でも、1980年頃はそうではなかった。


 茶髪の子を黒いヘアスプレー持った先生が追いかけてくるとか、マンガにあったもん。今じゃ信じられないけどね。


 奈々子はそう言ってから、


 私も生きていたかったなあ。


 とつぶやいて、体を私に返した。




 1階に戻ったら、また所長が猫達と一緒に床に寝てたので、ヨギナミと写真撮って遊んでから起こした。それから、4人で幽霊達の話をした。主に、橋本は死ぬべきじゃなかった、という話を。


 おっさん、最近見かけないね。


 ヨギナミが言った。


 反省中だからでしょ?


 私は言った。橋本はここんところ毎朝所長の前に現れて「ごめん」と言って消えるそうだ。今さら謝られたって、所長が取られた時間は戻ってこないし、何にもならないんだけど。


 やっぱり孤独だったんだろうな。


 修平が言った。


 今だったらインターネットで発信して同じような仲間見つけたり相談したりできるんだろうけど、あの時代そういうのないじゃん。今属しているコミュニティで嫌われたら終わりみたいな所、あったんじゃないかな。

 だから、今の時代の感覚だとわかんないけど、その当時は仕方なかったんだよ。


 でも、今でも死にたい人いるよね。インターネットで死にたい人募って一緒に自殺しちゃったりとか。


 ヨギナミが言った。


 おっさんが前に『絶対に人生に絶望しちゃダメだ』って言ってた。

 でも、人はなぜ絶望するんだと思う?

 私、苦労はしたけど、死にたいと思ったことはないからよくわからない。


 それを聞いて、私は昔自分が病んでいた頃を思い出して、何とか説明しようとした。あの時、私はガチで病んでいた。マジで絶望していた。部屋でずっと泣いてたし、学校にも行けなくなったし、人に会いたくなかった。

 あれは何だったんだろう?世の中に対する恐怖?クラスの子達の目が怖かった?悪口に傷ついたから?(確かに傷ついた。今でも思い出すと怖くなってくる)。


『自分の存在を知るものは誰もいない』って感覚かな。


 所長が言った。


『誰もわかってくれない』と言った方がわかりやすいかな。たぶん、不幸な出来事が起きても、まわりに理解してくれる人がいればそんなにつらくない。でも、誰もいないと──特に、まわりに人がたくさんいるのに、誰もわかってくれないと──不安になるよ。僕の存在している意味は何なのかって。


 でも人って自分で望もうが望むまいが存在しちゃってるものですよね?


 修平が言った。


 そうだね。僕も今ならわかる。ここに僕がいる。誰が何と言おうと確かに自分は存在しているんだから、誰にもそれを否定される筋合いはないって。だけど──昔は、昔って言ってもほんの一年前までは、それがわからなかった。自分なんか消えてしまっても何も変わらないと思ってた。だって、みんなが仲良くしてるのは橋本で、僕のことは誰も知らないんだから。


 誰かに存在を認められるっていうのも大事なんすよね。自分だけだとやっぱり確信が持てないですよね、自分の存在に。


 修平、今日は真面目だったな。いや、所長と話すときはいつもそうか。


 おっさんは、うちのお母さんが存在を認めてくれたから救われたって言ってた。それも同じようなものかな。


 ヨギナミが言うと、修平が、


 そこなんだけどさ、橋本は町の人とも仲良くしてるだろ?奈々子さんには結城もいる。

 そこでさ、先生はどうなんだろうって思ったんだよね。俺以外の人と話さなくて本当に大丈夫なのかなって。


 と言った。


 僕も新道先生のことは気になってた。


 所長が言った。それから、『初島はなんで新道をよみがえらせたんだろう』という話をした。みんなでわからないわからないと言ってたらヨギナミが、


 止めてほしかったんじゃない?


 と言った。


 自分が悪いことをしてしまってるって気づいてて、止めてくれそうな人を探してたんじゃない?


 と、そこでみんな考え込んでいたら結城さんが降りてきて、


 みんなでメシ食いにいかない?


 と言ったので、結城さんの車で隣町のラーメン屋さんに行った。修平と所長は店でも初島のことで話し込んでいたけど、どうも修平は、新道と初島を会わせて話をさせないとダメなんじゃないかと思っているらしい。あの2人には何かつながりがあるから、ぶつかったら何か起きるんじゃないかと。その話を聞いた所長は少し怖がっているように見えた。カッパめ、せっかく外食に来てる時まで初島の話しなくても、と思ったので、話題を変えようと思って、

 

 伊藤ちゃんとはどうなってんの?


 とからかうつもりで聞いたら、


 告白して、振られた。


 と言われたのでびっくり。ヨギナミも驚いてた。『えっ?何で?両思いだと思ってたのに!』とか言ってたし。しかも振られた理由が、


 神と一緒にいたいから、男と付き合えない。


 だった──怖い、伊藤ちゃん怖い!

 やっぱりガチの信者だったんだ!

 この話を聞いた結城さんがなぜか大喜びで、『まあまあ元気出せ!餃子も食えよ。俺のおごりだから』とか『大丈夫だって!女の10人や20人、振られても死なないから。俺が証明してるから間違いない』とか、調子のいいことをしゃべりまくって、所長に『そのへんでやめておきなよ』と注意されていた。

 結城さん、そんなにたくさんの女の人と付き合ってたのかな。ちょっと嫌だなと思ってしまった。

 帰りの車でヨギナミが、


 おっさんが生きてたの、37年前だよね?


 と言った。


 今から37年後、世の中どうなってると思う?


 全然わかんない。

 たぶんインターネットはずっとあると思う。


 私は言った。それくらいしか思いつかなかった。


 その頃には俺はもうジジイになってるよ。

 いや、もう死んでるかも。


 結城さんが言った。


 お前らだって50代のおばさんになってるんだぞ?想像できないだろ、子供どころか孫がいてもおかしくない歳になってんだぞ?

 いつまでも若さがあると思うなよ。

 気がついたらなくなってんだぞ、そんなものはよ。


 その言い方ジジイっぽい。


 私は言ってやった。そしたら『うわ〜、未来のババア怖いな〜』とか言われた。


 俺、そこまで生きてないと思うな。


 修平が言った。みんな黙ってしまった。修平は最近体調が良くない。一昨日も学校で倒れてたって平岸パパが言ってた。

 無言のまま研究所に戻ると、修平は『帰る』と言って一人で歩いていってしまった。たぶん一人になりたかったんだろう。

 ヨギナミは『橋本の棚』にお菓子を置いていた。ここに食べ物を置いておくと、いつの間にかなくなっているらしい。でもそれ、所長が食べてることになるんだよね?大丈夫なんですかって聞いたら『時々、胃が痛い』と言っていた。私はヨギナミに、橋本に食べ物を渡さない方がいいと言ったが、ヨギナミは『そんなのかわいそう』『少しなら大丈夫でしょ』と。いや、大丈夫じゃないって。胃が痛いって言ってるじゃん。でも所長は『いいんだよ』と言う。あいかわらず橋本に甘すぎ。

 結城さんはまたピアノを弾き始めた。なぜかシューベルトだった。

 帰り、所長はヨギナミに、

 

 明日、橋本を会いに行かせるよ。


 と言った。ヨギナミは、お母さんの遺骨を平岸家に置いたと話した。平岸ママが『あの家にぽつんと一人じゃかわいそう』と言ったからだ。平岸ママは、生きているうちに友人を自宅に招いておけばよかったと後悔しているらしい。


 人は、いつか死ぬ。

 そして、計り知れない影響をまわりの人に残す。


 私は、一人の人間の死から生まれた自分の存在と、その他もろもろのことを思いながら林の道を歩いた。すると急に強い風が吹いてきて、思考が一瞬、止まった。


 どうしたの?


 先を歩いていたヨギナミが振り返った。私は何でもないと言ってまた歩き出した。でも、何かが、私に何かを伝えようとしている。そんな気がした。

 橋本の死から学べることはある。

 むやみに絶望してはいけないし、死んでもいけない。

 未来がどうなるかなんて、誰にもわからないのだから。





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