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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年8月

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2017.8.17 木曜日 高谷修平 図書室

「夏休みももう終わっちゃうねえ」

 図書室で、伊藤百合がつぶやいていた。

「短いよなぁ〜」

 奈良崎が言った。

「なんで北海道は夏休み短いんだろうなあ〜」

「8月全部休みでいいべ、なあ?」

 保坂が言った。

「冬休みも大して長くないものね」

 スマコンが言った。

 第2グループの4人は、また集まって書庫の掃除をしていた。前回取り切れなかったホコリが舞い、空気は悪い。

 修平は書庫に近寄ることができず、カウンターに座っていた。

 今日、本当は百合と2人で話すつもりだった。

 気持ちを伝えるつもりだった。

 今日は調子がいいが、最近体調が目に見えて悪くなってきていて、このままだといつ家に戻されるかわからないと思うようになってきた。本格的に悪くなって話せなくなる前に、気持ちを伝えておきたい──

 と思っていたのに、運悪く、今日は第2グループが全員集まる日だった。

 仲のいい4人は、ホコリっぽい書庫でずっと『杉浦が資料を持っていったまま返しに来ない』とか『学校なくなったらここの本どうする』とか『宿題多すぎて終わらない』とか『英語の日記全然書いてないけどどうしよう』などと話していて、修平のことは忘れているようだ。

 修平は後ろの棚、つまり百合の私物の棚から勝手に本や画集を取り出して眺めながら、書庫で楽しそうに話す4人の声を聞き取ろうとしていた。

 もっと、ここの奴らと仲良くなりたかったな。

 と修平は思った。クラスはみんな仲がいいのに、自分一人だけどこか距離があるような気がしていたからだ。高条勇気は昔から保坂や奈良崎と知り合いで仲がいいから、新しく来た男子は実質自分だけ。それに、体力がなくて、みんなと同じペースでは遊べないのもよくなかったのかもしれない。

 でも、これでもうまくやった方なんだよな、

 俺にしては。

 入院していた頃は、自分が普通に外の学校へ行ける日が来るとは思っていなかった。そうだ。今ここにいられるということだけでもすごいことなのだ。ありがたいことなのだ。

 修平はそうやって自分を納得させようとした。しかし、やはり一人でいるのは退屈だったので、苦手な書庫に近づいていった。

「あ!修平!いい所に」

 百合が言った。

「杉浦がここから持ってった資料返してくれないの。取りに行ってくれる?」

「え?」

「図書委員として」

「え〜!あの家行くの?俺苦手なんだよあの古本が迫ってくる家」

「図書委員なのに古本苦手なの?」

 奈良崎が笑った。

「だって杉浦の家は普通じゃないだろ?お前だって行ったことあるだろ?」

「俺も行くべ。かなりの量持ってってそうだし」

 保坂が言った。結局男子3人で杉浦の家に行くことになった。しかし、せっかく行ったのに、杉浦は出かけていていなかった。

「また札幌の本屋に行っちゃったのよ。また増やす気なのよぉ〜」

 スギママが鳴き声を作って言った。

「チャンスだ。今のうちに資料を運び出すぞ」

 奈良崎が言った。みんなで書庫から持ち去られた資料を探した。しかし、似たような『昔の資料っぽい冊子』があちこちから大量に出てきて、どれが書庫のものなのか全く見分けがつかなかった。

「なんであいつこんなもん大量に持ってんだよ!?」

 奈良崎が叫んだ。

「本っぽい形してるものは何でも集めるんだべ」

 保坂がひとかたまりの冊子を持ち上げながら言った。

「これ、伊藤ちゃんに見せて聞いてみて」

 修平は百合とテレビ電話し、保坂が冊子を一つ一つ見せていくのを撮った。『それ!それここの!』『それは違う』『あ〜!それ秋中のじゃん!』という声が何度も何度も本だらけの空間に響いた。『書庫のもの』と判定されたものは、なんと130冊近くもあった。

「なんでこんなにあるんだよぉ」

 修平は弱った声をあげた。実際、疲れていた。

「きっと少しずつ持ち出して運んでたんだべ」

 保坂が言った。

「あそこの扉に鍵つけた方がいいんじゃね?ホームセンター行く?」

「でももうすぐ取り壊される校舎にわざわざ鍵つけんの?」

 奈良崎が言った。

「いや、とりま卒業まで杉浦の侵入を防げればいいんだって。それよりこれどうやって運ぶの?」

 修平は不安に思いながら尋ねた。自分で運ぶのは無理だ。いくら図書委員でも。

「リヤカーがいるな」

 保坂が言った。

「俺親父のやつ借りてくる」

 奈良崎が言った。すると、

「やだ〜急いで!涼くんが乗ったJRがもう着くって!帰ってきちゃう〜!」

 スギママが叫んだ。

「俺取ってくるからお前らこれ全部玄関に出せ!」

 奈良崎が叫びながら飛び出していき、修平と保坂は慌てて冊子を玄関に運んだ。奈良崎がリヤカーを引いて走ってきて、冊子をひととおり載せ終わった時、

「君達!何をしているのかね!?」

 駅方向から杉浦の声がした。

「やべえ!走れ!押せ!」

 奈良崎がリヤカーを引いて全力疾走し、保坂と修平がその後を走った。後ろから杉浦がドロボーだの不法侵入たのと叫ぶのが聞こえた。修平は途中で疲れて走れなくなり、地面にへたりこんだ。

「いいよ無理すんなゆっくり来い!」

 と言いながら、ホンナラ組は速度を落とさずにリヤカーとともに消えた。

 やっぱりあいつら元気すぎる。

 いや、違う。あれが普通の高校生男子だ。

 自分が弱すぎるのだ。

『修平君』

 新道先生が現れた。

『大丈夫ですか?今の走り方は少々無茶だったのでは』

「先生ちょっと引っ込んでてくれない?」

 修平は低い声で言った。今は誰とも話したくなかった。先生はすぐ姿を消した。息が落ち着くのを待ってから、学校への道を歩いた。

 やっぱりこの学校に来たのは無理があっただろうか。普通の学校に行けばみんなと同じようになれると思っていた。でも、やはりみんなと自分は違う。今さらそれを実感させられるなんて──やはり自分は弱っているのだ。去年はこんなことなかったのに。

 学校の前で校舎を見上げる。このまま弱っていったら、もうここには来られなくなるかもしれない。

 今伝えなきゃダメだ、やっぱり。

 修平はゆっくりと図書室に向かって歩いた。

 第2グループの4人は書庫で『戦利品』を元の棚に戻していた。奈良崎と保坂はリヤカーをとっつぁんに返しに行った。スマコンも一緒に出ていったが、すれ違いざまに修平に、

「やめなさい。無駄よ」

 と小声で言った。何をしようとしているか、勘で悟ったようだった。

 百合はいつものカウンター席に座って、戻ってきた冊子のうちの一つを読んでいた。

 いつか、会えなくなる日が来るかもしれない──

「百合」

 修平は震え声で名前を呼んだ。百合が冊子から顔を上げてけげんな顔をした。

「今、2人だけだからいいでしょ」

 修平は言い訳のように言ってから、

「話がある」

 と言った。

「何ですか?」

「俺、百合のことが好きだ」

 修平は迷わず言った。百合は驚いた顔をして、冊子をパタンと閉じた。

「もう知ってただろ、クラスで噂になってるから」

 修平は話し続けた。

「でもはっきり言っておきたかった。俺は今体調が悪くて、いつまた病院に戻されるかわからない。そうなったら、もうこの学校にも来れなくなる。百合にも二度と会えなくなるかもしれない。だから今伝えておきたかった」

 少しの間があった。しかし、百合は、真面目な表情と断固とした口調で、

「ごめんなさい。私は男の子と付き合う気がないの」

 と言った。

「私は、神と共にいたいから」

 修平はビクッと震えた。予想はしていたが、はっきり断られるのは衝撃だった。心臓がバクバクと鳴った。今にも発作を起こしそうだ。

 落ち着け。

「わかった」

 修平はそれだけ言うと、図書室から出た。そして、校舎の端まで歩いていき──床にしゃがみ込んでしまった。

『修平君』

 新道先生が心配して出てきた。

『大丈夫ですよ。伊藤さんは驚いてしまっただけです。何日か経てば気が変わるかもしれませんよ』

「変わらないよ」

 修平は下を向いたままつぶやいた。

「百合はそう簡単に変わる奴じゃないよ。ヨギナミも言ってただろ。『好きなことより正しいことを選ぶ人だ』って。

 神なんだよ。神には勝てないよ、誰も」

 修平は胸を押さえながら立ち上がり、

「帰らないと。夕飯に遅れたら平岸に怒鳴られ──」

 言いながら倒れた。

『修平君!?』

 新道先生は驚いて、修平を起こそうとした。

『しっかりしなさい!修平君!?』

 しかし、いくら呼びかけても修平は起きなかった。新道先生は人を探してあたりを見たが、今は夏休みだ。廊下には誰もいない。

 いや、ここは学校だ。

 夏休み中も教員の1人や2人はいるはず!

 やむおえん!

 新道先生は風を起こし、火災報知器のボタンを押した。

 校舎にけたたましいベルの音が鳴り響いた。

 狙いどおり、化学の先生が廊下に飛び出してきて、倒れている修平に気づいた。先生は修平をかついで外に逃げ、すぐに平岸家と消防に連絡した。消防車と平岸パパの車が同時に学校に着き、平岸パパは修平を車に乗せて平岸家まで運んでいった。着く頃には修平は目を覚ましていて、なんとか自分の部屋まで歩き、ベッドに倒れた。

 もうダメだ。

 限界だ。

 修平はそう思っていた。体調も悪いが、それよりも心が限界だった。

 橋本が死んだ時の事情はわかった。

 百合に振られた。

 もう、この町にいる必要はないかもしれない。

 でも。

「まだ戻りたくねぇ〜」

 修平は枕に顔をうずめたまま、つぶやいた。

 そして、思わず、こう言った。

「神様、なんとかしてくださいよ。お願いだから」







 

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