表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年8月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

911/1131

2017.8.12 土曜日 サキの日記

 朝起きた瞬間から落ち着かなかった。今日私は何を聞かされるんだろうって。母がどんな反応をするかも心配だった。パニックを起こしたりしないだろうかって。今回はバ──父もついてくるから大丈夫だとは思うけど。朝4時に目が覚めてそのまま眠れなくなったけど、たぶん修平も同じだったんだと思う。隣の部屋からガサゴソ動く音がしたり、新道と話す声が聞こえてきたりしていたから。

 でも、母は話を聞いても冷静だった。

 所長の話では、ビルから橋本を突き落としたのは初島だそうだ。でもそれは橋本がそうしろと頼んだから、つまり自殺も同然だった。


 それってさ、


 修平が言った。


 初島がそこに来なくても、橋本は勝手に一人で飛び降りてたってことだよね?そう考えると、初島は巻き込まれただけとも言えない?


 にしたって本当に突き落とさないで止めろよと私は思ったけど。

 どっちが悪いのか、私と修平と所長がなんやかんや言ってたら、


 もう、許してあげましょう。


 突然、母が言った。


 2人とも若くて、愚かだったのよ。

 時代も今ほど自由ではなかったし、優しくもなかった。

 きっと、その時はどうしようもなかったのよ。


 母は表情を変えずにそう言った。父が母の肩をぽんぽんと叩き、


 もう30年以上経ってるもんなァ。


 とつぶやいた。みんな黙り込んだ。所長はお菓子を取ってくると言って地下へ行った。結城さんはずっと、少し離れた所で腕を組んで立って、険しい表情で私達を観察していた。


 にしても、初島は今どこにいて何を考えてんのかなぁ。


 修平が言った。去年の修学旅行で会って以来、『どこでどうやって暮らしてんのかな?』とずっと不思議に思っているらしい。


 橋本をよみがえらせようとしたってことは、やっぱり自分が殺したと思ってて、罪の意識があったのかもしれないよね。


 だからって所長を利用して奈々子まで殺したのを許す気にはなれない。


 私は言った。


 そうね。それはまた別の話だわ。


 母が言った。


 だけど、私にとっては旭ちゃんは普通の優しいお兄さんだったのよ。そんなに苦しんでいたなんて、夢にも思わなかった。

 やっと理解できたわ。


 所長がフィナンシェを持って戻ってきた。食べてる間、父が修平に「最近体調どう?」と尋ねたの以外は、みんな無言だった。母は昼過ぎに飛行機に乗る予定があったので、先に秋倉を出た。


 私はもう大丈夫だから。


 と去り際に言っていたが、その時に見せた素晴らしすぎる笑みが逆に気になった。今のは『女優の笑い』ではないのだろうか、と。


 ところで娘よ。


 母が去ってから父が言った。


 由希と一緒にテレビに出る気ない?


 またその話?


 いいじゃないか。テレビで名前売っとけば将来何かやる時何かと便利だぞぉ。俺も娘と共演したいしなァ。


 人の将来勝手に決めないでくれない?


 まあそれは置いとくにしても、いいかげん公式に親子だって所を見せて由希を安心させてやれよォ。あれでも気にしてるんだぞ。「娘と仲良くできないのは私のせいじゃないか」って。


 考えとく。


 父は平岸家でチキンライスにケチをつけ、平岸ママとケンカして追い出されて、そのまま空港へ行った。私はフォローするのにすごく苦労したが、あかねは「私もあれはうまくないと思ってた」と一人笑っていた。

 別なバイトの面接に行っていたヨギナミは、夕方に帰ってきた。「ダメそう」と落ち込んでいたのでちょっと迷ったけど、今日所長に聞いた話をそのまま伝えた。


 おっさん、きっと死んだのを後悔してるんだよ。


 ヨギナミは言った。


 だから私に「絶対に絶望するな」って言ったんだよ。


 それを横で聞いていた平岸パパは、


 若い頃は自分が住んでる世界しか見えてないからなあ。でも、大人になるとわかるんだよ。あちこちに違う世界があるってことが。だから、今見えてる範囲だけで人生を悲観しちゃいけないんだよなァ。解決策はその外側にあるかもしれないんだから。


 と言った。そして「だから新聞読みなさいね」と言って奥に引っ込んだ。

 部屋に帰ってから私は考えた。事件が起きた時、私はまさにその「狭い自分だけの世界」で絶望していたんだな、と。あの時自殺しててもおかしくなかったかもしれない。でもなんとか生き延びて『秋倉』という違う世界を発見した。

 橋本にそういう選択肢はあっただろうか?

 きっと長く生きていれば、世の中は変わり、髪の色なんか誰も気にしなくなる。でも当時、そういう時代が来ると予想できた人はどのくらいいただろう?インターネットすら存在してなくて、遠くの似たような境遇の人とつながる手段もない。


 きっと、その時はどうしようもなかったのよ。

 

 母の言うとおりなんだろうか?

 でも、橋本が死んだことで──そして、初島という変な能力を持つ女を巻き込んだことで──これだけのことが起きてしまった。

 一人の人間の死が、たくさんの人生に影響している。


 きっと、あさみさんが死んだからわかったんだよ。

 大切な人がいなくなると人がどれだけ苦しむか。

 だから話す気になったんだと思うよ。


 と所長は言っていた。そういえば、所長も妙に冷静だ。一番つらい思いをしたと言ってもいいくらいのはずなのに。

 母は本当に、橋本を許したのか?

 初島のことを許せるのか?

 私はわからない。幽霊問題がまだ解決していないのに。

 そういえば奈々子が出てこない。呼んでも返事しない。せっかくいろんなことがわかったのに。そもそも奈々子はなんで殺されなきゃならなかったんだ?そこはやっぱりわからないし、私はしばらく初島を許せそうにない。

 保坂から「明日音楽室来れる?」と言ってきた。行こうと思う。歌がからめば奈々子は絶対出てくるだろう。


 結城さんも来るべ。


 と言ってきたのでびっくりした。え?あの結城さんが?学校に来るの?なんで?と思ったけど、嬉しい!

 明日は結城さんに会える!

 そうだ、私はせっかく生きているんだから、もう昔の事件のことなんて忘れて、今を楽しまないと。

 明日何着てこう?

 佐加に相談しよ。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ