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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年8月

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2017.8.7 月曜日 サキの日記

 バカと妙子が「10日にはそっちに着くよ」と言ってきた。11日が私の誕生日だからだ。でも、友達のお母さんが亡くなったばっかなのに誕生日なんて祝っていいのか?今は『喪中』というやつなのでは?と思ったので平岸ママに聞いてみたら、


 そんなの気にしないでパーッと祝っていいのよ。

 ごちそう作るから楽しみにしてなさい!


 と、作りすぎ熱をあおってしまった。あかねも、


 ママは最近元気ないから、料理させといた方が気晴らしになっていいのよ。

 太るの嫌だからあたしは迷惑だけどね。


 と言っていた。ヨギナミのお母さんは、平岸ママとは学生時代からの親友だった。こんなに若くして亡くなられたら、落ち込んで当たり前だ。



 うちの母も最近沈んでいるよ。

 アルバムを見ながらブツブツ言っててね。


 杉浦が言った。久しぶりに開催された杉浦塾には、なんとクラス全員が集まっていた。みんな、なんとなく一人でいたくなかったらしい。受験勉強が必要ない奈良崎まで来て、ほとんど寝るか、お菓子を食べるかしていた。

 人数は多いけど、みんな言葉少なだった。きっとみんな、頭の中ではいろいろ考えているんだろう。ただ、うまく言葉にできないだけで──私もそうだ。頭の中ではいろいろなことが起きているのに、それをうまく書くことができない。

 親はいずれ、いなくなる。

 それが、ヨギナミには早く来ただけ。いずれ私達の親も死ぬし、私達自身も死ぬ。でもそれはどういうことだろう。宗教では、魂は死なずに生まれ変わったり、死んだ後も家族を見守ってたりすると言うけど、私には、あの人が今でもヨギナミを守っているとは思えない。生きてた頃ですら守れてなかったのに。

 でも、そんなことヨギナミの前で言えないので黙ってる。ヨギナミは黙々と勉強して、たまにわからない所を杉浦に聞いていた。気のせいだろうか、杉浦の解説もいつもよりウザくないような気がする。話が長いのは同じなんだけど、いつもの上から目線みたいな言い回しが少ない。あれでも気を遣ってたんだろうか。

 スマコンと伊藤ちゃんが黙ってるのも気になる。神がどうとかハイヤーなんとかがどうとか言うんじゃないかと思ってたのに、「大変だったね〜」くらいしか言わない。2人で英語話す練習してる。聞いてる感じだと、会話はスマコンの方が得意そうだ。お金持ちだから習っているのかもしれない。

 男子は時々「ドローン飛ばしたい」とか「夏のうちにサバイバルしよう」とか話してたけど、やっぱり静かだった。

 人数の多い無言。

 試験会場みたいだと思った。

 なぜか空気が張り詰めていた。私達は、そこらの試験なんかよりも難しい問題で立ち止まっているようだった。身近な人の死。よく知っている人がいなくなるということ。死とはそもそも何なのかということ。



 

 帰り勇気が「カフェ寄ってかない?」と言ってきたので、久しぶりに松井カフェに行った。佐加もついてきた。この店独特の苦いコーヒーを飲みながら、佐加がヨギナミのお母さんの思い出を語るのを聞いた。


 よく言ってたんだよね。

「お互いはぐれものだから気持ちわかるのよね」って。


 佐加のどこが『はぐれもの』なのか私にはよくわからなかった。でも、中学の頃はクラスの子とうまくいかなくていじめみたいのもあったらしい。


 町の人は何も知らないで悪口言ってたけどさ〜、

 ヨギママはめっちゃいい女だったんだよ。


 佐加はそう言ってから店のねこにちょっかいを出し、思いっきりシャー言われてた。松井カフェのねこは気位が高く、自分が一番偉いと思っている。かま猫やシュネーとは雰囲気が全然違う。ねこが甘えるのは松井マスターだけで、しかも「わらわの世話をさせてやっているのだから光栄に思うがよい」みたいな態度してる。

 猫は親が死んでも悲しんだりしないんだろうか。

 少なくとも「死とは何か」なんて考えたりはしないんだろう。

 松井マスターは私がやっと来てくれたことを喜び、クッキーを一つくれた。店の客はこちらのことは気にせずに、コーヒーを飲んだりスマホを見たりしている。町の人はもうあのコメント事件を忘れてくれたんだろうか。

 帰り、私はほどほどに死について考え(あまり深く考えると何か起きそうで怖いと思った)部屋に戻ってからは久しぶりに行ったカフェのことを考えた。勇気ももう、私と別れた傷は癒えたんだろうか。これからは普通の『同じグループの友達』でいてくれるだろうか。

 ヨギナミが静かなのも気になる。もうちょっと泣いたりするかと思ってたけど、もう長く病気してたから、わかってたんだろうか。そんなようなことを言っていたような気がする。でも、ヨギナミにはもう家族はいない。これからどうするんだろう?

 そういえば、あのキモい保坂の父親、葬式に来なかったな。来れないんだろうな。いろいろと後ろめたくて。

 私はまたBBCに逃避して、英語のニュースを半分聞き流しながら、今日起きたことをぼんやりと思った。みんなの静けさ。不可解なことに遭遇した時のとまどい。

 これからどうなるんだろう?






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