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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年8月

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2017.8.5 土曜日 サキの日記

 スマコンの家に行った。朝、研究所に行こうかどうか迷っていたら、スマコンから「うちに来ない?」と言ってきた。どんな家かは修平から事前に聞いていた。このへんでは珍しい日本風の家なのに、中には洋風の大広間があるとか、気味の悪い目つきの肖像画があるとか。それで、行ってみることにした。部屋に一人でいてもろくなこと考えないし、気晴らしになるかと思って。

 迎えの車が来るというので平岸家の前で待っていたら、黒塗りの高級車が走ってきた。なぜか運転していたのはメイド服のおばあさん。しかもかなり高齢のようだった。メイドおばあさんは車から降りてくると、私の前でうやうやしくおじぎをし、


 おはようございます。お嬢様がお待ちです。


 と言った。私は何か変だなと思いながら車に乗った。

 メイドおばあさんの運転はめっちゃ乱暴だった。どう考えてもスピード違反だ。しかもカーブでも速度落とさないから、曲がるたびに体が左右に持っていかれる。公道をレース場と勘違いしているのかもしれない。私死ぬの?今日死ぬの!?って思いながら耐えていると、車は立派な日本風の門の前に止まった。ああ、助かった。生きてると思った。

 スマコンは玄関で待っていた。空色のきれいな着物を着ていた。演歌歌手みたいって言ったら「今、政治家の悪いイメージを皮肉った歌を作っているの」と言われたので、頼むから普通の歌歌ってって言ったら、


 いやだわ、普通なんて言葉わたくし嫌いよ。

 だって、懸命に生きている人ほど、

 普通には見えないものですからね。


 って。いや、そんなことないと思うよ!?真面目に大人しく懸命に生きている人もいると思うよ!?

 そして、修平が言っていた噂の部屋に案内された。確かに、長いテーブルと、暖炉と、女の人の肖像画がある。スマコンによく似ている。


 これはわたくしの母よ。今は宇宙を支配しているの。


 冗談なんだろうけどスマコンが言うと本当に聞こえるから怖い。

 私とスマコンは長テーブルの隅に向かい合って座り、まず奈々子とか、幽霊達の話をした。スマコンは、幽霊も含めた私達6人全員が『自分を取り戻す』ことが鍵なのではないかと言った。


 その『自分』って、何?


 私は聞いた。


 それはご本人にしかわからないわ。いいえ、もしかしたらご本人にもわからないことかもしれないわね。生きていくうちにつかんでいくものよ。

 幽霊達には、その時間が足りなかったのかもしれないわね。

 でもわたくし、短い人生がよくないとは思っていなくってよ。ほんの数年、いいえ、数ヶ月、数日しか生きなかった命も、それぞれに完全な存在なのよ。長く生きればいいというものでもないわね。もちろん、元気に長生きできるのはいいことですけど。


 それから、スマコンは私の運勢を占ってくれた。私は『年上の人に気に入られやすい』そうだ(劇団の人とか)。あと、恋愛の出入りは少なめで、選びぬかれたごく少数の人と付き合うことになるだろうと。結城さんのことを聞いたら「生年月日はわかる?」と言われた。残念ながら知らない。さっきLINEで聞いてみたけどスルーされてる。


 あなたの場合は……言いにくいんだけど、はじめに好きになった人とはうまくいかないわ。その人はあなたがぶつかって成長するための障害みたいなものよ。きっと、後で振り返った時に、「あの時の経験があったから今がある」って思えるでしょうね。でも、ずっと付き合う相手ではないのよ。


 メイドの暴走おばあさんが、名前の長い高そうな紅茶とマカロンを持ってきた。私がマカロン好きなの知ってたの?って聞いたら、「直感で選んだだけよ」と言って優雅に微笑まれた。だからそれ怖いんだって。

 スマコンには奈々子が見えるかもと思って読んでみたけど、出てこなかった。

 私はそれからタロット占いもしてもらって「人と接する仕事、華やかな仕事が向いているわよ」という的外れな答えをもらった。どっちも苦手だって言ったら「自分をわかってないのね」だって。その言葉を言ったら、どんな占い結果でも正当化できるような気がした。占い師って単に話がうまいだけなのかな。でも、スマコンには幽霊が見えるし。

 スマコンはこうも言った。


 あなたには人を惹きつける何かがあるわ。何ていうか、気まぐれなかわいさみたいなものね。自分で意識せずに思うままに行動していたら、それが人を惹きつけてしまうのよ。ただ、あまり深く考えないで衝動的に行動しているようね。


 えっ?私ほど深く考えてる人いないと思うけど?


 自分でそういうことを言う人は、

 だいたいそんなに深く考えてなくってよ。


 えぇ〜!?


 ショックだ。文章を書くのが好きだから、かなり深く考えてるつもりだったのに。


 あなたの場合、考えすぎる時と、考えないで動いてしまう時の振り幅が激しいのよ。

 いつもは考え過ぎなのに、いざ大事な時になるとその場の衝動で動いて失敗するの。

 動く前に、一呼吸して立ち止まること。

 あと、考えても仕方のないことは考えないこと。

 過去や未来について考えるのは無駄よ。

 今やるべきことをやるの。


 スマコンは、深呼吸の仕方を教えてくれた。

 ただ、数える数が4だったか6だったか思い出せない。とにかく深く息を吸って、止めて、吐いて、それを繰り返す。

 それからぬいぐるみルームに連れて行ってもらい、かわいい動物達と写真を撮って遊んだ。写真は結城さんと所長とヨギナミに送った。佐加はスマコンを嫌っているのでやめておいた。そういえば、どうして佐加はスマコンを嫌ってるんだろう?今度聞いてみようかな。でも「レズだから」って言われて終わったら悲しい。

 私は今日、スマコンがレズビアンだということを全く意識しなかった。実際、平岸家に帰ってあかねに「何もされなかった?」って聞かれて初めて思い出した。修平が「そういう言い方はやめろ」と言っていた。そして私に「あの肖像画怖かったよね!目がこっち見てたよね!」と怯えた顔で言われたけど、私はあまり気にならなかった。ただ、あの暴走おばあさんが怖すぎるという点では意見が一致した(帰りは平岸パパに迎えに来てもらった。死にたくないので。後でスマコンに「あのおばあさんは何?」って聞いたら「松枝は自称60歳のメイドよ。実際は後期高齢者だけど」という答えが。そんな人に運転させんなよって思った)。

 今日、楽しかったな。

 やっぱ友達と遊ぶのが一番気がまぎれる。

 明日、佐加かヨギナミを誘って研究所に行こうかな。





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