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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年11月

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2015.11.15 東京都内


 高谷修二は、妻の店でスマホの画面を見つめていた。そこには、息子の修平からの『結城がどんな奴だったか教えろ』というメッセージが表示されている。

 息子はまた入院している。突然、北海道に旅行に行くと言い出したと思ったら、親の予想通り体調を崩した。



 あたしも聞かれたよ、しつこく。もう何回同じ話したかわかりゃしない。



 和服姿の妻・ユエが、カウンターの中から艶っぽい視線を送ってきた。いくつになっても変わらない。全身から色気がにじみ出ている。

 息子は父親が若かった頃の音楽仲間の話がお気に入りらしく、なぜか、奈々子の高校の先生が自分についていると言いはっている……本当に、小さい頃から。奈々子ならともかくなぜ先生なのかは知らない。とにかく、空想力が並み半端ないのは間違いない。



 修平は、向こうで結城に会ったという。

 ピアニストはもうやめて、田舎にこもっているらしい。

 修二は、15年前に東京に来て以来、結城には一度も会っていなかった。だが、あの結城がピアノをやめて田舎暮らしをする姿など、とても想像できない。修二が知る限り、結城という人間は、自然からは最も遠い、都会的な人間だった。北海道という土地は、そのイメージに全く合わない。




 他に見るところがいくらでもあんのにさ、なんだってそんな何もない田舎に行くかね〜?あたしススキノの友達紹介したんだよ?男なんだからさあ、多少遊ばれてもあとであたしが代金払うからって言っといたのにあの子はさあ、先生と草ばっかの町に……。



 息子が母親の言うことを聞かなくて本当に良かった。ユエはただ、昔自分をバカにしていた店の女たちに『あたしには立派な息子がいるぞ』と自慢したいだけなのだ。

 それはともかく、明日見舞いに行ったら、また息子にいろいろ聞かれそうだ。もうさんざん同じ話をしてきたし、これ以上教えることもないのだが。



 田舎の学校に行きたいって。勝手に資料取り寄せて向こうの職員とか下宿に連絡入れてんの。バカじゃない?今だって入院してんのにさ、病院のない町に行こうとしてんだよ?



 実は、修二は息子の意見に賛成していた。リスクはあるが、あいつは一人で行動することを学んだ方がいい。体が弱いからと甘やかしすぎた。わがまますぎる。一度痛い目にあわないとろくな人間にならない。それに、息子が調べていることも気になる。探している人物と結城が同居していることも、やたらにこだわる『先生』のことも。

 それはユエも同じのはずだ。奈々子と仲がよかったし、結城もよく知っているから。

 問題は、ユエが心配のあまり『じゃあ一緒に北海道までついていく』とか言い出しかねないことだ。この妻に田舎暮らしなどできるはずがない。修二はよく知っている。高谷ユエに必要なのは、香水のようにあたりを漂う男の視線だ。自分には絶対に手に入らない官能のために、飽きずに店にやってくる男たちの目……。



 修二は改めて確信した。息子はここから離したほうがよさそうだ。




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