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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年8月

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2017.8.2 水曜日 サキの日記

 ヨギナミのお母さんが、亡くなった。

 夜中に亡くなったらしい。朝起きて平岸家に行ったら、平岸ママが黒い着物を着て、険しい表情をしていた。


 お通夜だから、準備しなさい。


 と言われた。


 どこまで嫌な女なの、娘の誕生日に亡くなるなんて。


 あかねが毒を吐いた。いつもなら注意する平岸ママが、今日は何も言わなかった。ヨギナミはどうしたのかと聞いたら、もう遺体と一緒に自宅に帰っていて、スギママが付き添っていると言っていた。


 知っている人が、もうこの世にいない。

 このことをどうとらえたらいいのか、私にはわからない。

 ちょっとしか会ったことないけど、それでも。


 修平は食欲がないのか、朝も昼も、食事にほとんど手を付けなかった。いつものおしゃべりもなく、ただ考え込んでいるようだった。自分も体が弱くてヨギナミのお母さんには同情していたから、私達よりもショックが大きかったのかもしれない。

 私は所長に知らせるべきか迷って、結城さんに相談した。


 どうせ金曜には帰ってきてわかるから、

 今は黙ってた方がいい。


 と。

 式場の手配は平岸パパがやっているようだった。佐加や、クラスの他の人から次々とLINEが来た。今日、第1グループはみんな家族を連れて通夜に参加した。他の人は明日の葬式に来ることになっている。勇気から「葬式って何すればいいの?」って聞いてきたので「自分で調べろ」と返事した。そんなのどうでもいいと思った。

 今大事なのは、一人の人間がいなくなったということ。

 それをどう受け止めていいか、わからないということだ。

 落ち着かない時間を過ごして、私は実感した。これじゃあ、自分の親が死んだらどれだけ衝撃なんだろうと思った。

 私はバカに連絡した。


 お花と弔電送っとくよ。


 とバカは言った。


 その人今いくつ?


 わかんないけど40代だと思う。


 早すぎるよなあ。


 バカは「由希には黙ってろ」「誕生日に会おう」と言ってきた。でも、私の誕生日に母もこっちに来ることになっているから、いずれバレるんでは、と思った。

 私の誕生日もうすぐだけど、こんな状況で祝う気になんかなれない。

 今日だって本当はヨギナミの誕生日なのに。

 プレゼントどうしよう。めっちゃ渡しにくいと思ったので、佐加に相談したら、


 今日持っていこう。そしてさ、

「何があってもうちらがついてる」って示してあげようよ。


 と、佐加ってほんと優しいな。そうだ、佐加もショック受けてるに違いない。ヨギナミの母親と仲がよかったから。

 いや、一番は橋本か。

 橋本が知ったらどうするんだろう?ショックで消えたりしてくれないかなと、不謹慎な想像をしてしまう。でも、今ヨギナミを支えられるのは橋本しかいない。やっぱり知らせるべきだろうか、でも結城さんが「やめとけ」って言ってるし。


 午後、平岸パパの車でヨギナミの家に行った。いつもは嫌がるあかねも、さすがに文句は言わなかった。それどころか、佐加や藤木の親に声をかけて、いろいろ手伝ったりしていた。大人だな、と思った。あかねだけじゃない、杉浦も藤木も、物を運んだり、話を聞いてやってきた町民にあいさつしたりしてた。

 私と修平は何をどうしていいかわからず、壁際でじっとしていた。みんなとの育ちの違いを嫌というほど実感した。みんな自分の役割を知ってて、どうふるまえばいいか教わっているようなのに、私はどうしていいか全然わからない。

 そのうちお坊さんがやってきた。みんなが正座すると、狭い家はぎゅうぎゅうで、何人か座れなくて立ったままだった。外で話しているおばさん達もいた。

 お経を聞きながら、ヨギナミのお母さんは神や仏を信じることなんてあったんだろうかと思ったりした。そうとは思えない。あの人は、何もかも信じてなさそうだった。自分の娘すら「不幸の始まり」と言う人なのだから。

 お経が終わった後、慣れない正座のせいで足がしびれて立てなくなる人が続出し、少しだけ笑いが起きた。ヨギナミは立ち上がらず、母親の前にじっと座って動こうとしなかった。佐加は泣いていて、藤木が肩を抱いてなぐさめていた。杉浦は町のおじいさんと、ヨギナミの母親について語っていた。


 気難しいが、よい精神の持ち主だった。

 みんなに誤解されていたのは残念だ。


 とか何とか。

 修平の顔が真っ青だったので、平岸パパは早めに帰ると言った。私も一緒に帰してもらうことにした。何もかもがいたたまれなかった。意外なことに、あかねは残ると言った。平岸ママと、第1グループは、このまま故人とともに一晩過ごして、最期のお別れをするという。

 帰りの車の中でも、アパートに帰ってからも、私の頭からは、座っているヨギナミの後ろ姿が焼きついて消えなかった。

 何を考えてるんだろう。

 何を感じているんだろう?

 そういうのがぐるぐるしていて、やっぱり落ち着かないのだ。何かしてあげた方がいいのに、何をしていいかわからない。プレゼントは佐加と一緒に渡したけど、やっぱりヨギナミの表情はうつろだった。

 ヨギナミにはもう家族がいない。

 一人で生きていかなきゃいけない。

 それはどういうことだろう?

 やっぱり橋本に知らせた方がいいのか?でも「ヨギナミを守るために所長を乗っ取って生きたい」とか言われても困る。でも、今のヨギナミには『おっさん』が必要な気がする。

 どうしたらいいんだ。

 さっきから悩んでるけど答えが出ない。今日絶対眠れない。あかねにLINEしたら「みんなで黒飯食ってる」と返事が来た。聞きたいのはそういうことじゃない。佐加にも聞いたけど返事が来ない。今それどころじゃないのかもしれない。

 私も残るべきだったかも。

 でも、あの場にいることに、どうしても耐えられなかった。

 明日葬式だ。出なきゃいけない。

 クラスの人達も河合先生もみんな来る。

 怖いのは、保坂の父親が出てくるかもしれないってこと。あの気持ち悪い男には来てほしくない。

 でも来ちゃうかも。ヨギナミ親子のことを悪く言っていた町の人も来てしまうかもしれない。弔う気もない人が、好奇心だけで。

 どうしよう、明日が怖い。





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