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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年7月

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2017.7.25 火曜日 サキの日記 佐加の誕生日

 佐加の誕生日。みんなで浜の佐加家へ。今年はヨギナミも来た。市場のバイトの後直接佐加の家に先に行って、クラッカーにクリームを塗ったりフルーツを乗せたりして料理を手伝っていた。

 私はあかねと海辺を散歩してたんだけど、人がせっかく景色に浸ろうとしてるのに、『海辺を歩いていた少年が海辺の男の肉体美に一目惚れして』みたいな妄想を聞かされてゲッソリ。なんであんた何見てもそういうことしか浮かばないのって聞いたら


 仕方ないじゃない。

 インスピレーションが私に降りてくるんだから。


 と言われた。今日くらいは降りてこないでほしかった。

 海にはけっこう人がいた。観光客っぽい人が。去年よりはかなりにぎやかに見える。見覚えのない小屋みたいなものも建ってたし。海の家かな。

 海には人がいるのに、浜の商店街はやっぱりほとんどシャッターが下りてて、藤木の理髪店も今日は休み。『テーラー佐加』だけが、いつもどおりコスプレ衣装を作るために営業してる。

 今日呼ばれたのは私とあかね、第1グループ。やっぱ第2グループは呼ばれていない。佐加、奈良崎とはかなり仲いいのに。それにうちのグループの男子も無視されてる気がする。でもまあいいか、カッパと動画オタクだし。

 藤木がキッチンでステーキを焼くのを、杉浦が『焼き加減がどうこう』余計な解説をしながら邪魔していた。ヨギナミは食器を並べていた。やっぱり、どこに何があるのかもう知ってる感じ。きっと前に何度も来たことがあるんだろう。


 今年はあんたがケーキ運んでよね。


 とあかねに言われて、急に緊張してきた。転んでケーキ台無しにしたらどうしようとか、余計な心配を始めてしまった。私が慌てている間に、あかねがろうそくを18本ケーキに刺し、


 18本よ。18禁を破る儀式よ。ウフフフフ。


 と怪しい声をあげながら火をつけ始めたので、余計に(色んな意味で)怖くなってきた。そういえばあかね、プレゼントは何にしたんだろう?まさか18禁のアニメじゃないだろうな──と思って聞いてみたら『アマゾンのギフトカード』という無難な答えが返ってきた。


 それよりいいものなんてないでしょ?

 自分の好きなもの買えて無駄にならないし。


 と。いや、そうだけど。

 そうこうしているうちに藤木が料理ができたと叫んだので、私は恐る恐るケーキを持って(手が震えた)みんなが待ってるテーブルに運んでいった。みんなでハッピーバースデーを歌いながら、なんとか落とさずに佐加の前までケーキを運ぶことができた。

 佐加はすぐに、勢いよく全てのろうそくの火を吹き消した。みんなで拍手し、佐加のおばあちゃんがケーキをうまく全員に当たる数に切ってくれた。私はそれを見て結城さんを思い出した。所長が前に言ってた。結城さんはケーキを正確に同じ大きさに切る能力があると。

 そこで私は急に思い出した。

 所長の誕生日6月なのに、完全に忘れてたことに!

 どうしようと思ったけど、とりあえず今は佐加の誕生日を祝ってる最中なのでそっちに集中して、所長には後で謝っとこうと思った。でもまだ言い出せてない。何も言ってこないからこのままスルーしようかなと思ってしまう。私って嫌な奴だな。

 佐加にプレゼントを渡したら、やっぱり大げさに喜んでくれて、ハグされた。こういう時の佐加は本当にかわいい。ヨギナミが買ってきたポーチを見てあかねが『安っぽい』とつぶやいたけど、既に酒の回っているおじいちゃんやお父さん達の笑い声に消されてヨギナミには聞こえなかった(ことを祈る)。

 今日佐加が着てたワンピースどっかで見たことあるなと思ったら、去年私とヨギナミがあげた生地で『自分で作った』と言ってて驚いた。佐加って器用なんだな。何でも作れるし。

 学校祭で作ったロールケーキソファーが仕事場の隅に置いてあったので、私は途中で抜け出してそこで寝て休んだ。昼間仕事をしていた人達はもう帰っていて、夕日が沈む暗い光に照らされて、布地の入った棚やミシンが置いてある机が独特の雰囲気を作ってる。少し離れた所から酔っ払った大人や盛り上がっている第1グループの声がする。私は、自分だけが光と闇の狭間にいるかのような、不思議な気分になった。

 パーティ会場に戻った方がいい。

 でも、まだ、ここにいたい。

 2つの感覚に揺れ動いていると、暗がりの方に奈々子が現れた。全身がうっすら光っていて、ちょうど一年前、佐加の部屋に現れた時と同じ顔をしていた。


 そろそろみんなの所に戻ったら?


 奈々子は言った。


 みんなと一緒にいられるのも、生きてるうちだよ?


 ちょっと怖いことを言って、奈々子は消えた。私はだるいと思いながら起き上がり、みんなの所へ戻った。


 あ〜サキ!見てこれ!指輪!ペアリング!


 佐加が目をキラキラさせながら、左手の薬指にはまった指輪を見せてきたので、何それって聞いたら、佐加は藤木の手を取って、


 お揃い!辰巳がくれたさ!ペアリング!


 と言った。めっちゃ興奮してそうだった。顔が赤くて。藤木はちょっと気まずそうに視線を横に流してたけど、やっぱり顔は真っ赤。

 私はヒャー!と叫び声をあげてしまった。


 薬指に指輪って、もはや婚約じゃん!


 と言ったら、あかねと杉浦が爆笑し、大人達まで『この2人はもう夫婦みたいなもんだべや』と言い出したからもう大騒ぎ。

 でも藤木ってちょっと怖いな。佐加だからいいけど、普通そんなもんプレゼントされたら重くて引かない?私がおかしいの?普通嬉しいもの?

 みんなが盛り上がって2人をからかいまくっている間、私は考えた。所長とか結城さんが私にペアリングをプレゼントしてきたらどう思うだろうって。 

 たぶん引く。

 私は佐加にはなれない。

 とにかく佐加はめっちゃ嬉しかったようで、記念に写真を撮りまくり、動画も撮りたいと言って、なぜか私が撮影させられた。いや、別にいいんだけどさ。でも何かモヤモヤするのはなぜだろう?あまりにも幸せを見せつけすぎるから?

 誕生日を家族で祝うのが当たり前になっている人達を見ながら、私は、近づいてきている自分の誕生日を思った。

 私の誕生日は、橋本の命日なのだ。

 母は今年も来ると言っている。でも、私のために来るのか、橋本のために来るのかよくわからない。私は、何のくもりもなく娘の誕生日を祝っている佐加の両親と、過去に引きずられている自分の母とを比べてしまう。

 本当は、うちもこうだったかもしれない。

 いや、そんなことは考えない方がいい。

 私はまた会場を抜け出し、ロールケーキソファーに抱きついた。無性に誰かに甘えたい。でも、ここにいる人に抱きついたらセクハラだ。


 どうしたの?疲れちゃった?


 ヨギナミが様子を見に来た。


 このソファーが気に入ってるだけ。


 私はごまかそうとした。


 私も座っていい?


 ヨギナミがそう言ったので、私は起き上がって席を空けた。


 佐加の家族って素敵だよね。


 ヨギナミが言った。


 そうだね。


 うちとは大違い。


 うちともね。全然違う。

 

 私は言った。


 サキの家族ってどんな人?芸能人だよね?


 めったに家に帰ってこない。一昨年まで、母は私の誕生日にも帰ってこなくて、私は劇団の人に祝ってもらってた。


 そうなんだ。


 それが去年、いきなり秋倉に来て、一緒に誕生日祝ってくれた。

 でも私、嬉しくなかった。何か、いつもと違うってとまどっちゃってさ。

 今年も来るらしいけど、また変な感じがしちゃう気がして。


 そっか。でも、祝ってくれるっていいことだよ。


 そうかな。


 そうだよ。うちの母なんて、私の誕生日を嫌ってて祝う気全くなかったもん。


 ヨギナミが言った。私は去年のヨギナミの誕生日を思い出した。あの母親はよりによって娘の誕生日を『不幸が始まった日』と呼びやがったのだ。

 私の母もそう思ってたらどうしよう?

 おかげで私まで不安になってしまった。やなこと思い出しちゃったな。


 ヨギナミ、誕生日に欲しいものある?


 別にない。


 考えといて。


 私は立ち上がって会場に戻った。佐加は藤木にくっついて幸せそうにしているし、あかねは杉浦と最近のアニメのストーリー傾向について議論していた。大人達は全く関係のない港の話で盛り上がって、空の酒瓶の数を増やしていた。

 もう帰りたいな。

 そう思った頃に、タイミングよく平岸パパが迎えに来た。去年は佐加の部屋に泊まったけど、今年は帰ることになっていた。それに、佐加と藤木は今日は離れたくないだろうとあかねが言った。


 あのままベッドインしちゃえばいいのよ。

 ウフフフフ。


 車内であかねがニヤニヤしていた。私とヨギナミは黙っていた。

 楽しいはずのイベントにも、家族や過去を引きずってしまう私達。

 佐加に悪いなとは思ったんだけど、どうしても心の底から楽しめない。なぜこうなるんだろう?


 帰ってからも、去年の今日を思い出したり、自分の昔の誕生日を思い出したり、来月のことを思ったりして、なかなか眠れない。

 今を生きたいのに、昔のことや先のことばかり気にしてる。

 こんなのはよくない。

 明日研究所へ行こう。

 結城さんに会えば今を生きられるかも。






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