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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年7月

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2017.7.23 日曜日 サキの日記

 大変だ。平岸パパまで研究所に泊まりに来るかもしれない!

 佐加が遊びに来てたので、研究所に泊まる話して盛り上がっていたら、平岸パパが、


 あんな人気のない所に女の子だけじゃ危ないよ。

 俺も行こうか?


 と言い出した。あかねが即『いらねー!』と叫んだが、平岸パパは『女の子だけじゃ危ない』を繰り返して一歩もひかない。しかも所長にまで電話して、『ソファーで寝るから俺も止めろ』みたいな話をし始めた。すると平岸ママが『私も行きたい!』と言い出し、『やめて、マジやめて』とあかねが頭を抱えながらくねくねし始めた。佐加はずっとおもしろがって爆笑してるし、ヨギナミは何を言っていいかわからず呆然としていた。

 というわけで、パパ同伴の研究所お泊まり会が決まった。

 なぜだ、なぜこうなったんだ。

 あかねは怒ってしまい、『ハゲとお泊まりなんてやだ』と離脱を宣言。佐加は来るそうだ。ヨギナミも来る。修平も来たがってたけどウザいからやめてと言っといた。


 

 お昼食べてから、佐加、ヨギナミと一緒に研究所へ行った。今日は奈々子も出てきて、結城さんと歌の練習をした。でも、横で所長と佐加とヨギナミが並んでじーっと奈々子(私)を見つめていたので、落ち着かなかったらしい。

 

 なんか今日、視線が怖いんだけど!?


 と奈々子は言っていた。結城さんはあいかわらず無反応。佐加に『結城さんもっと何かしゃべろうよ〜』と言われても『話すことないって』と嫌そうに返すだけ。

 だから、結城さんと奈々子は、表向き何も話していない。歌や声に関するやり取りをしているだけだ。

 でも私にはわかる。

 奈々子から体を返してもらうと、高揚感と熱が残っているのがわかる。奈々子が感じた何かを、私が感じる。

 これは歌だけの高揚感じゃない。

 人と触れ合った時の熱だ。

 奈々子と結城さんは、音楽で触れ合っているのだ。

 1階に戻ってからも私は体の感覚に飲まれてボーッとしていた。佐加とヨギナミが所長と橋本の話してたけど、私は何も聞いていなかった。ただ、『これが私のものだったらいいのに』と思っていた。体に残っている熱が、奈々子じゃなくて、私のものだったらいいのに。でもそうじゃない。


 サキ君、大丈夫?


 私のぼんやりに気づいて、所長が心配そうにしていた。私は大丈夫と答えた。それから、聞き逃したことを尋ねた。所長は、生前の橋本が、自分の人生をほぼ諦めていたことを、夢や、修平に聞いた話から感じ取ったらしい。


 自分にはもう人生がない。可能性がないって決めつけてるんだ。それなのに、新道先生や他の人のことは助けたり見守ったりしてる。

 本当はいいやつなんだ。

 本人にも可能性はあったんだ。

 なのに気づいてなかったんだ。


 それから所長は、


 僕にも似たような所があると思う。


 と言った。

 生まれつき髪が赤かった。母親が出ていった。まわりからも白い目で見られた。そうやって橋本はどんどん自分の世界にこもっていった。でも、本をいくら読んでも、そこに自分の人生はない。

 自分に起きた不幸だけで、世界は恐ろしい場所だと思い込む。

 その感覚は、私にもわかる。私だってあの事件が起きた後、世界がひっくり返った。もう人生終わったと思った。本当はまだ始まってもいなかったのに。だって当時私は15歳で、今だってまだ17歳だ。

 橋本だって、死んだ時はまだ18くらいだったはず。

 平岸パパが言っていたように、人生まだ『始まってもいなかった』のだ。


 おっさんが言ってた。

『何があっても人生に絶望するな』って。

 自分はそれで失敗したからって。


 ヨギナミが言った。


 そうだよ。世界は広いんだし、

 楽しいことだっていっぱいあるんだからさ〜。


 佐加が言った。


 ここで話しててもしんみりしちゃうし、今日天気いいじゃん。外出よ?所長、サキと散歩したいんでしょ〜?


 佐加がニヤけ、所長の顔が赤くなった。所長は畑の草むしりに行くと言ったので、みんなついていった。畑の作物はいつのまにか大きく育っていて、ヒマワリももうすぐ咲きそうなのがあった。私達はみんなで草むしりをし、飛んできたハチに悲鳴を上げ、雑草の花を見つけて写真を撮った。暑くて日差しも強かったので、すぐに疲れて研究所へ帰り、作ってあった麦茶を全部飲んでしまった。

 それから、私達が泊まる客間を見て佐加が『このカーテンもっと明るいのに変えよう』とか言い出した。所長は『佐加も来るの?』と嫌そうにしていた。私はそんなことする必要ないと言ったけど、所長は『シーツと枕カバーは新しいものに替える』と言ってきかなかった。

 私達がこんなことをしてる間も、結城さんはずっとピアノを弾き続けていた。それが珍しく現代風のジャズみたいな、カフェでかかっててもよさそうな曲だった。何を考えているんだろう?

 寝室に響く穏やかなピアノの響き──

 この中で眠りたいと思った。でも私がここに泊まる時には、結城さんはいないんだなと思ったら、すごく悲しい気持ちになった。





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