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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年7月

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2017.7.21 金曜日 サキの日記 終業式

 今日、終業式だった。こういう時しか現れない校長の長〜い眠たいお話を聞いてカクッとなった後、教室では杉浦が市場のバイトの話をした。

 私は今年は参加しないけど、佐加、ヨギナミ、勇気、保坂、奈良崎、藤木、杉浦が参加するらしい。去年はヨギナミの修学旅行の代金をみんなで出したっけ。あれからもう一年経つんだな。 

 私は今年、やることがある。

 結城さんだ。

 高校生活最後の夏休みはなるべく結城さんと一緒に過ごしたい。なので、平岸家でお昼を食べた後、そのまま研究所に向かった。

 だけど、建物に近づいていくと聞こえた。

 あのトッカータが。

 曲がわかった瞬間、私はふわっと宙に浮かび──つまり奈々子が私の体を乗っ取って──研究所に向かって走り出した。奈々子は鍵を使って中に入り、廊下を走って階段を駆け上がると、結城さんの部屋のドアを乱暴に開けて、


 どうして今日、この曲を弾くのッ!?


 と怒鳴った。


 今日は終業式なんだから、

 サキが来るってわかってんでしょ!?


 結城さんはピアノを止め、けげんな顔でこちらを見ると、


 新橋のためを思ってるなら、ここに来させるなよ。


 と言った。すると奈々子は、


 無理。誰が何と言おうとサキはあんたに会いたがる。私には止められない。これから夏休みなんだから若い人の思い出作りに協力してあげたら?()()()()


 なんと奈々子はここで引っ込んで私を戻しやがったので、困ってる結城さんの前に()()立つことになってしまった。


 あ〜、


 私は話したかったことを全て忘れてしまい、慌てた。

 そして、


 コーヒー、飲んで落ち着いてきます。


 逃げた。キッチンへ。ポット君がいたのでコーヒーを頼んで、所長がいる一階の部屋に走り、ソファーに飛び込んだ。そしてわめきながらもだえた。パソコンに向かっていた所長が驚いて『どうしたの?』と言いながら近寄ってきたので、今起きたことを話した。ポット君がコーヒーを、所長がイギリスのビスケットを持ってきてくれて、それを飲んだり食べたりしたら落ち着いた。

 ピアノは止まっていた。

 でも、結城さんは降りてこない。

 所長が様子を見に行くと言ったのでついていったら、結城さんはベッドに座って楽譜を読んでいた。私を見ると、


 新橋さぁ、夏休みは毎日ここに来る気?


 と聞いてきた。嫌そうな顔で。


 毎日は無理ですけどできるだけ気ます。


 と私は答えた。本当は毎日来たかった。でも受験勉強もあるし、市場のバイトが終わったら杉浦は毎日塾を開催するって言ってるし。


 結城さ、


 所長が言った。


 サキ君を避けるの、もうやめた方がいいよ。


 いつもと逆のことを言い出したので、私も、たぶん結城さんも驚いた。


 奈々子さんとも向き合った方がいいし、

 それにはサキ君と一緒にいた方がいいよ。


 所長はそれだけ言って出て行ってしまった。どうしたんだろう?

 結城さんはピアノに戻ると、


 発声練習するぞ。


 と言った。やっと相手にしてくれたので、思いっきり大声出してたら、


 なんだその変な声は!?真面目にやれ!


 と怒られた。でも嬉しかった。声の出し方とか、呼吸の仕方を教えてくれる時の結城さんの表情、手や指の動き、全てが美しい。でも見とれてボーッとしてると怒られるからちゃんと発声できるようにがんばった。

 一時間くらい練習したと思う。いきなり『今日は終わり』と言われて、結城さんがいつものリストっぽい曲を弾き始めたので、私は1階に戻った。すると所長がソファーで寝ていて、シュネーが上に乗っていた。かま猫も探したけど見つからない。どこ行ったんだろう?

 眠っている所長は、かわいい。

 でも、私は所長が『かわいい』って言われるのを嫌がることを知っている。本人は大人に見られたいのだ。

『所長さんをどうするの』『絶対似合うのに』とヨギナミに言われたのを思い出した。

 友達としては仲良くできる。でも、恋愛は──ちょっと違う。所長には悪いけど、やっぱり、結城さんに感じるような熱を、所長には感じない。

 起こしたくなったので、シュネーの肉球で所長の額を叩いたりして遊んでみたけど、けっこう深く眠っているのか、起きない。まさかまた森に行ってないだろうなと思って、本格的にゆすって起こした。所長は寝ぼけた顔で起き上がると、


 神戸に宇宙人が飛来する夢を見た。


 と言った。それから、


 8月になったら、いったん神戸に帰るよ。

 一週間くらい。


 と。


 もう3年くらい親に会ってないから。


 と言った。私は何と答えていいかわからなくて、『そうですか』としか言えなかった。前だったら、すごく残念だと思っただろう。せっかく夏休みで一緒に遊べるのにとか。でも今は『その方がいいかも』と思う。少し離れたら、所長も気が変わるかもしれない。それに、神戸の『本当にいい親』に会えば、初島を探す必要なんかないって気づいてくれるかもしれない。

 ここ数ヶ月、自分のことばっかり考えていて忘れてたけど、

 所長にも、対処しなければいけない過去があって、家族がいるんだ。

 そしてたぶん、結城さんにも。

 所長が神戸に帰る間、結城さんは休みを取って『たぶん札幌に戻るだろう』と言われた。そんなぁ〜と思ったけど、すぐ『札幌のマンションに押しかけてやろうかな』と思った。札幌で結城さんとデート、一週間。悪くない。そんなにうまくいくとは思えないし、クリスマスの時みたいに嫌がられてテキトーに扱われる気がするけど。

 雨が降ってきたので、またアジサイの所に行ってカタツムリを探した。一匹見つけた。かま猫を探したら、前見つけた割れ目の中にいた。


 夏になるとここに来ちゃうのかな。


 所長はキャットフードを使っておびき寄せようとした。でも、かま猫は出てこなかった。つぶらな瞳でこっちを見ているだけで。




 夕食の時、修平が、


 俺もほんとはバイトしたいんだよなあ。


 とぼやいた。体力に自信がないから参加しなかったけど、本当は市場に行きたかったらしい。バイト代で何買いたいの?って聞いたら、


 金はいいんだって。体験したい。


 と言われた。あかねが『じゃあ市場の人に頼んで見学させてもらえば?』と言った。修平は『それはやだ』と言った。あかねは今夏のイベントの準備で忙しく、『今年は売上一番を狙う』と言っていた。何を売るかは聞きたくない。

 所長が神戸に帰るって話したら、『その隙に結城さん狙いなさいよ!』とあかねが言った。修平は『やめた方がいいよ』と言った。

 どうしようかな。

 明日結城さんに聞いてみようかな。

『所長がいない間、私と一緒に過ごしませんか?』

 って。

 でもなんか、真顔で『ダメ』って言われそうだな。

 奈々子に出てきてもらうとか?それも嫌かも。

 実は呼んでみたけど出てこなかったし。

 あ〜!どうしよう!?





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