2017.7.17 月曜日 サキの日記 学校祭
結論。
奈々子は消えない。
佐加は『秋浜祭でまた試そうよ』と言ってたけど、歌ではダメなんじゃないかと思う。
やっぱり結城さんだ。そうに決まってる。
奈々子にそう言ってみたけど、ステージで歌ってから姿を消していくら呼んでも出てきやがらない。
でも、まだいる。
ごめん。私まだあなたと一緒みたい。
って言ってたから、歌った後に。
がっかり。
秋倉高校最後の学校祭には、かなり多くの人が集まった。驚いたのは、学校の前に観光バスが停まって、年配のおじいさんおばあさんがゾロゾロと出てきたことだ(だいぶ前の卒業生らしい)。みんな子供のように『懐かしい!』と叫んだり校舎をカメラやスマホで撮ったりしていた。その後にも、見慣れない車がたくさんやってきて、おじさんおばさん(もちろん卒業生)がどんどん増えていった。
今は12人しかいない秋倉高校に、昔はこんなに人がいたのかと驚くくらい、その数はすごかった。杉浦が大喜びで、ウザい歴史を語りながらお年寄りを案内していた。あかねは、
年寄りの観光ツアー。
とぼやいていた。しらけた顔で。
私はかつて学生だったお年寄りを遠巻きに見ながら、私があれくらいの歳になったら、不幸の乗り越え方もわかるんだろうかと考えたりした。つまり、また昔のことを思い出して暗くなっていた。でも、ヨギナミに、そろそろ飲食の準備するよと言われて我に返った。準備でいろいろやってたら少し気が楽になった。
うちらが飲食やってる間、第2グループは隣でお化け屋敷やってて、悲鳴が聞こえまくっていた。ホンナラ組のゾンビメイクはやはり怖かったのか、小さな子供がガチで泣きながら廊下を爆走してたりした。スマコンが女のお化けやってるのもけっこう怖かった。ちょっと妙子っぽさも感じた。着物を着て、青白いメイクをして、暗闇からヌッと出てくるのだ。ついでに、占いなのか思いつきなのか、
あなた、明日悪いことが起きそうよ。
とか、
あなた、女運が最悪ね。
とかいう余計な一言を発するのだ。暗〜い顔で。
来場者が予想より多く、町の人と昔の卒業生で校内はどこも混み合っていた。食べ物はすぐに売り切れた。トイレを探しているおばあちゃんを案内したり、座る場所を確保するために他の教室から椅子を運んだりしたけど、場所は明らかに足りてなかった。
しかし、そこに平岸ママが現れた。
いつの間に準備したのか、体育館のフリマスペースの一角を占拠して、お菓子と紅茶の店を開いていた。食べ物にありつけなかった人々はそこに殺到した。
ママってほんと抜け目ないのよね。
と、あかねが冷ややかな目を母親に向けながら言った。私とヨギナミはパウンドケーキとお茶をもらって、キッチンスペースのすみっこに座って休んだ。
スマコンと保坂がステージで歌う準備を始めていた。つまり、奈々子(私)が歌う時間が近づいているということだ。私はヨギナミと一緒に更衣室に行った。そこには佐加がもう来ていて、衣装とメイク道具、どこから持ってきたのかでっかい鏡まで用意して待ち構えていた。私は衣装に着替え、佐加にメイクしてもらい、奈々子が出てくるのを待った(出てこなかったらどうしようとも思っていた)。
鏡に写った、いつもよりきれいになった顔を見つめていたら、ふっと身体が浮いた──というか、魂が抜けた。そして、私の体を使って、奈々子が立ち上がった。外ではもうステージが始まっていて、スマコンが、やっぱりトランプっぽい男の悪口(名前は出してなかったけど内容から間違いない)を歌っていた。なぜか2人ともお化け屋敷の格好のまま、つまり、女のユーレイとゾンビが歌っていて、この後本物の幽霊が歌うってわけ。
なんなのこの状態?笑うに笑えない。
私は奈々子(私)の様子を見ていた。奈々子はカーテンの向こうで変な歌を歌いながらフォウフォウ叫んでる2人をじっと見つめていた。
会場はけっこう盛り上がっていた。大丈夫だろうか、この後に普通の歌歌って──と思っていたらスマコンが、
次は新橋早紀さんです!どうぞ!
と言った。やっぱり私が歌うことになるんかい。
奈々子は少々ぎこちない足取りでステージの中央に進み、深々とおじぎをした。スマコンが袖に引っ込み、保坂がリハーサルどおり──結城さんが教えたとおりに──キーボードを弾き始めた。
奈々子は、今まで聴いた中で一番うまい声で歌った。
ただ音が取れてるだけじゃなくて、ちゃんと感情が声に乗っている感じ。喉じゃなく全身で歌を表現していたのだ。私の体でそんなことができるなんて驚きだ。
私は歌に感心しながら客席の方を見た。結城さんを探した。でも見つからなかった。やっぱり来てくれなかったっぽい。せっかく奈々子が歌ってるのになぜ?かなり探したけど、平岸パパと、花見の時々に見かけたおじさんおばさんが何人かと、所長しか見つけられなかった。
しかも、所長じゃなくて橋本だった。腕を組んで偉そうに椅子にふんぞり返って生意気な目つきでこっちを見ていたから、所長じゃないってすぐわかった。歌が終わったら説教しに行こうと思った。そういえば去年の学校祭も、まず橋本が来て、佐加が体当たりしたんだっけ。今年も体当たりしてやろうか。
──と思ってたら歌が終わった。
会場は拍手に包まれた。年配のおじいさんとか多くて大丈夫かなと思ってたけど、奈々子の歌はわりと好評だったようだ。
奈々子は10秒くらいぼんやりと会場を見ていた。そして、急に思い出したようにおじぎをして、走って袖に戻った。
あらあら、シャイなのね。
とスマコンが言いながらステージに出ていき、会場からは少し笑い声が聞こえた。
奈々子はそこで私に体を返した。
でも、いなくなったわけではなかった。
すぐ横に現れて、
ごめん、私まだあなたと一緒にいるみたい。
と言って、姿を消した。
ステージで歌っても、奈々子は成仏しなかった。
私は落ち込んで、更衣室のすみっこに座り込んだ。嫌々体を貸して奈々子が成仏するために協力したのに、何にもならなかった。佐加がドーナツと紅茶を持ってきてなぐさめてくれたけど、全く気が晴れない。ヨギナミがいなくなったのも気になった。橋本と話しに行ったんだろうか。
そこで私は歌の最中に奴を見たことを思い出し、ドーナツを口に入れたまま客席に行った。でも、そこにはもう奴はいなかった。杉浦が勝手に『秋倉高校の歴史』を話し始めてしまい、お年寄りはおもしろがっていたが、ステージ横のスマコンは殺気のこもった目で杉浦をにらんでいた。何も起きないといいけどと思いながらフリマスペースへ行ったら、保坂がゾンビメイクのまま古いCDを物色していたので、所長を見なかったか聞いてみたら、
ヨギナミと一緒にどっか行ったべ。
と言われた。何やってるんだろう。本当は所長に来てほしいのに、なんで橋本が出てきちゃうんだろう。
もしかして私のせい?
違うよね?
佐加がヨギナミに連絡したら『教室にいるって』と言われたので戻ってみたら、藤木と3人でトランプで遊んでいた。私は奴からカードを奪い取り、所長に体を返せと言ったら、
俺もそうしたいけど創が見つからないんだよ。
また森に行ったのかもな。
と言われた。モノクロの森だ。最近その話聞かないと思ってたのに。いや、私が週末しか研究所に行かなかったから気づかなかっただけ?
藤木に『新橋もやる?』とカードゲームを勧められたけど、いろんなことでイラついていたので断って廊下に出た。どこも人が多い。卒業生のおじさんおばさん達が飽きることなく校舎を見て回り、あちこちに座り込んで昔話してる。
私は人が少ない所を探した。図書室にも行ってみたけど、見たことのある先輩達(たぶん去年の3年達だ)と伊藤ちゃんとカッパが楽しそうに会話してうるさく盛り上がっていたので、中に入らずに、一番奥の階段の上の踊り場に座り込んで休んだ。でも頭の中は『奈々子が成仏しない。一生つきまとわれるかも』と『結城さんが来てくれなかった』と『橋本腹立つ』でいっぱいで、この3つがグルグル思考を回って他のことは何も考えられなかった。
隣、いい?
いつの間にかあかねが近くにいて、手には平岸ママのものであろうチョコチップスコーンを2つ持っていた。私が隣を示すと、あかねは座って、スコーンを1つくれた。
去年も言ったかもしれないけど、
石ころ帽子がほしい。
とあかねは言った。石ころ帽子。ドラえもんの道具で、かぶるとそのへんの石ころのように『誰にも気づかれない存在』になれるというものだ。
みんなが楽しそうにしてるのに自分だけ楽しくないの、疲れる。合わせることもできないし、何もしないと機嫌悪いって言われるし。
それから、
あんたも楽しくなさそう。
と言われたので、奈々子が成仏してくれなかった話をした。
いいじゃない。もう一生幽霊つきのレアな存在としてやっていくっていうのもありかもよ?
霊感youtuberとか。
そんなの絶対やだ。
でもyoutuber向いてると思うわよ。サキって話してると押しが強いし、顔もきれいだし、言われたくないだろうけど親も有名人でしょ?利用できるものはとことん利用して稼げばいいのよ。それで、私にマンガの生活費を貢いでちょうだい。
あかねはずっとBLやってくつもり?
当たり前でしょ?
その自信ってどこからく来んの?
私は本気で聞きたかった。すると、
好きなことをとことんやってれば、
自信は後からいくらでもついてくるのよ。
それで、さっきスマコンと保坂が歌ってるのを見てインスピレーションがわいたんだけど、霊感少年が美少年の幽霊に『好きだった男の子を探してほしい』って言われるのよ。それで探しだしたら、相手の男は霊感少年に恋しちゃって──
それ、私と奈々子と結城さんの話じゃない?
あら?やっぱり何かあるの?あんた達。
何か腹立つけど、奈々子は結城さんのこと好きだと思うという話をした。
じゃあやっぱり結城さんと結ばれるしかないんじゃない?
あかねが言った。
それ絶対嫌なんだけど。どうしろっての?私の体を使って奈々子が結城さんとセックスでもすればいいの?
絶対無理なんですけど。
でもやってみる価値はなくはないんじゃない?
あかねが真面目な顔で言ったので怖くなってきた。私は自分が結城さんとそういうことをする所を想像して──何かすごく変な気分になった。私じゃなくて、奈々子がそういうことをしてるのを私は傍で見てろと?変態か?
私だったら、幽霊のふりをして結城さんを落とすね。
あかねが平然と言ってのけた。呆れて何も言えないでいると、スマホを見て『涼くんがみんなを探してるわ』と言って走っていった。私のスマホにも杉浦から『教室に来たまえ!』と来てたけど、今ホソマユと話したくないと思って、階段に座ったまま、ぼんやりと、結城さんとのセックスについて妄想していた。すると、
サキ君。
所長が来た。橋本じゃなくて所長だった。
また森に行ってきたんですか?
少しだけね。何も見つからなかったけど。
今度は所長が私の隣に座った。
奈々子、いなくなりませんでした。
私は言った。
そうか。
所長は言った。
長い付き合いになると思っていた方がいいかもしれないよ。
それからしばらく、私も所長も、何もしゃべらなかった。窓の外は雨が降り出していた。今年も花火は延期になりそうだった。遠くから人のざわめきがかすかに聞こえた。今日は祭りだ。みんな楽しく盛り上がっている。なのに私達は死者でも弔うみたいに、暗い場所にいる。
僕は最近、反省してるんだ。
サキ君につらい話をしすぎたかなって。
不意に所長が口を開いた。
僕は自分の不幸に飲まれて、それをまわりの人達にまでむやみに伝えてしまったように思う。でも、これからはそんなことしたくない。そのためにも、何が起きたか知って、前に進みたい。
私ももう昔のことは気にしたくないです。
所長はまだ何か言おうとしてたんだけど、佐加が私を探しに来て『あ〜!いた〜!!』と叫んだので、話はそこで終わってしまった。教室に戻ると、大きなピザが2枚置いてあって、そのうち1枚はほぼなくなっていた。
早く来ないからホンナラ組に食べられちゃったじゃん!
と佐加に言われた。所長は──いなくなっていた。去年は一緒に教室に溶け込んでいたのに。やっぱり何か私に遠慮しているんだろうか。それって悲しい。
花火はやっぱり延期になり、私達は予定より早く帰ることになった。
帰ってから奈々子が出てきて正座し、『私が存在していてごめんなさい』みたいなことをブツブツ言い出したので『ウザいから黙ってろ』と言ったらしょんぼりと消えた。言い過ぎたかなと思った。奈々子も困ってるんだろう。いつまでも私と一緒にいるのは嫌なはずだ。
佐加から『次は秋浜祭ね』『会場のスケールが全然違うから!』と言われたけど、そういう問題じゃないと思う。
やっぱり結城さんなんじゃないか。
それとも、そういうの一切関係なくて、何をしてもムダとか?
あと、気になってヨギナミに『橋本と何話したの?』って聞いてみたけど、ずっとカードゲームしてただけで重要な話は何もしてないと言われた。
奴一人だけ学校祭を満喫しやがったのか。腹立つ。
いいやもう。今日は勉強する気しないからもう寝る。
でも、結城さんは今日何をしてたんだろう?奈々子と結ばれたいとか思ってるんだろうか?もしかしてあかねが言ってるみたいに、セックスしないとダメ?奈々子が?結城さんと?私の体を使って?
やだ!嫌すぎる!
どうしよう。興奮しすぎて眠れなさそう。




