2017.7.14 金曜日 高谷修平
百合に避けられている。
ここ一週間くらい、修平はそう感じていた。隣の席なのに全く話しかけてこないし、こちらから話しかけても『あ、そう』『ふーん』という気のない返事しか返ってこない。学校祭の準備に忙しく、図書室は閉まったままだ。
何か嫌われるようなことをしただろうか?
考えたが、心当たりが何もないので、修平は気持ちを切り替えるため、早めに帰って、父親にもらった電動自転車で草原を駆け抜けた。
暑い。日差しが強烈だ。長く外にいるのは危険かもしれない。
草以外何もないような景色を通り抜ける。夏を迎えて、自然は最高潮に輝いている。空も青い。こういう場所には健康で、元気いっぱいの人が合う。
あいつら元気すぎるけど、あれが普通なんだろうな。
修平はクラスの仲間のことを思い出した。この町に来て一年、すっかり仲良くなったが、それでも、どこか、超えられない壁があるのを感じていた。
みんな元気で、自由に動きすぎるのだ。
体力のない修平には、時々ついていけない。
この町に来てからずいぶん健康になったつもりだったが、それも、先生の力があってこそだ。
期限付きの健康でしかない。
また、病院に戻って、二度と出てこれなくなる日が来るかもしれない。
修平はそう感じていた。もちろんそうならないことを願っていた。多少弱い奴だと思われてもいい。体育はずっと見学で構わない。できればスポーツも自分でやりたかったが、無理だから見るだけでもいい。
とにかく、普通の世界にいたい。
普通の生活を続けたい。
修平は走った。何かを振り払うように。
町のカフェに着いた。ちょうど暑さと日差しのせいで疲れていたので、休むことにした。
「あら、いらっしゃい」
松井マスターが笑顔で出迎えてくれた。店内はエアコンが効いていた。修平はアップルジュースを頼んた。店内には年寄りの客が数人いて、この暑いのにホットコーヒーを飲んでいた。
健康な人間は贅沢なことができるものだ。暑い日にエアコンの効いた部屋で熱いコーヒーを楽しむ。北海道では、寒い冬にアイスを食べる人が増える。暖房をガンガンたくからだ。しかし修平には──というか、内臓を冷やすとよくない人々は──冬にアイスなんか絶対に食べない。体が冷えすぎて震えが止まらなくなるからだ。そんなことができるのは元気で、体がしっかりと熱を保てる人だけだ。
今日くらい暑ければアイスを食べてもいいかもしれないが、修平はやめておくことにした。急に体を冷やすのはよくない。本当は冷たい飲み物もよくないのかもしれないが、今日はとにかく暑い。冷たいものを喉に通したい。
「もうすぐ学校祭でしょう」
とマスターに言われ、自分が準備をサボっていることへの罪悪感を覚えた。祭りは楽しみだが、お化けメイクをして廊下を走り回るホンナラ組にはついていけない。キャーキャー言いながら逃げ回る女子達にも。とにかくみんな、気軽に走りすぎる。
わかっている。これは妬みでしかない。
自分もそうしたいのにできないからだ。
修平は失礼のない程度に天気の話をしてから、早めにカフェを出て、また電動自転車で草原を走った。機械の力を借りているとはいえ、風の中を走ることができるのは気持ちがいい。邪魔なものは何も視界に入らない。どこまでも続く緑、遠くにある山。
人々が憧れる自然の原風景。
しかし落とし穴もある。木陰で涼もうとして日陰に入ったとたん、そこがハエだらけであることに気づいて慌てて脱出するハメになる。暑い日は虫達も日陰に集まるのだ。涼しさを求めて。
木陰でのんびりする一般的なイメージは、現実の自然の怖さを反映していない。実際に行ってみないとわからないことはたくさんある。ちょっと山に近づけば、今度はクマが出る。自然は本来怖いもので、かつて人間が必死に戦っていた相手なのだ。都会に住むと、どうしてもそのことを忘れてしまう。
入院していた頃には想像もできなかった世界に自分はいる。修平は風を受けながら思った。何とか、こちらの世界にとどまりたい。病気の世界には戻りたくない──しかし、疲れてきた。そろそろ帰って休んだ方がよさそうだ。
一時間後、修平は自分の部屋でぐったりと寝込んでいた。
『少々無理をしすぎましたね。暑いのに』
新道先生が言った。
「そうかもね」
修平は小声でつぶやいた。
「でも、楽しかったよ。どこまでも行けそうな気がして──」
それは錯覚でしかない。わかっていたが、修平はしばし、自転車で世界の果てまで行くところを想像して、薄く笑っていた。




