2017.7.13 木曜日 研究所
暑い。猛暑日だ。うかつに外を歩くと熱中症になってしまう。しかしこんな日にも保坂がやってきて、ピアノ狂いと一緒に何か得体の知れない曲を演奏している。きっとアニメソングだろう。かすかに歌声も聴こえる。
久方は1階で猫と一緒に床に転がっていた。知らない人が見たら(いや、知ってる人が見ても)気でも違ったのかと思ったかもしれない。少々痛いが、このほうが涼しいということに気づいてしまっただけなのだが。
北海道でもこの暑さじゃ、南の方は大丈夫かな。
久方はぼんやりと思い、神戸の親のことを心配した。8月に一度帰ってみようかと考えていた。今年はおそらく、夏休みになっても早紀は遊びに来ないだろう。
去年の夏、いや、その前の夏は幸せだったなぁ。
ここ最近久方は、早紀に出会った頃のことを思い出してばかりいた。現在に希望が持てないので過去に逃げたのだ。
そもそも、10歳近く歳が違う女の子に恋心を抱いたのが間違いのもとだ。でも久方はもともとそんなつもりではなかった。早紀もよく言っていたように、ただの友達だと思っていたのだ。とても純粋に。
過去にばかり逃避する代わりに、あのモノクロの森へは行かなくなっていた。理由は自分でも分からなかった。今でも、あの人に会って本当のことを聞きたいという思いはある。でも、正直今はそれどころではない。
遠い過去より、現在の方が重くなってきた。
早紀には避けられているし、あさみの容態もよくない。
あと1ヶ月もつかどうかですよ。
今日、橋本とスギママは、医者にこう言われたのだった。ヨギナミには『私が伝える』とスギママが言った。みんなが持っている希望に反して、あさみはもうすぐ旅立とうとしていた。
どうなるんだろう?あさみさんがいなくなったら。
久方は考えていたが、橋本はそれについては何も語らず、呼んでも出てこない。きっとショックだったのだろう。
なんとなく神戸の母に『そっちも暑いよね』という文を送ってみた。
そっちと似たような天気や。
でも北海道の方が湿気ないやろ。
という返事が来た。いや、そんなことはない。ここ数年、北海道にも梅雨のような現象が起きたり(昔はこんなことなかったらしい。町の人はそう言っている)、夏は本州並みに蒸し暑くなる。気候はどんどんおかしくなっているのだ。
しかし今日は、人生を変えるような出来事は、ひとまず起きないだろう。
久方はあいかわらず床に転がり、猫達も暑さのせいかほとんど動かない。
夏の一日は、表面上はまったりと過ぎていく──。




