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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年7月

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2017.7.11 火曜日 高谷修平 伊藤百合 図書室

 伊藤百合が久しぶりに図書室を開けた。新橋早紀が『文章のかたちとこころ』を読み直したいと言ったからだ。貸し出ししたらすぐ閉めようと思っていたのだが、早紀は手続きをせずテーブルについて本を読み始めてしまった。

 仕方ないので百合もカウンターで、酒井雄哉の『一日一生』を読んでいた。高谷修平ももちろん来ていたが、本棚の方から早紀をちらちらと見ていた。きっと邪魔だと思っているのだろう。


 修平は私と話がしたいに違いない。


 百合にはそれはわかっていた。

 でもそれは『正しいこと』だろうか?

 自分が求めているのは神であって、男ではないはずだ。それに、高谷修平はあまり好きなタイプではない。伊藤が好きなのは、真面目で、強い男の子だ。恋愛小説に出てくるような理想の男性が好きなのである。高谷修平はある部分は真面目だが、おちゃらけているし、体が弱い。

「あんた何うろうろしてんの?視界に入るとウザいんだけど」

 早紀が修平に話しかけた。しかしなんという乱暴な物言いだろう。百合は注意しようかどうか迷ったが、様子を見ることにした。

「俺は本棚の整理してるだけだって」

「利用者いないんだから本動いてないじゃん」

 それから早紀は、

「修平って、将来何するつもりなの?」

 と尋ねた。

「え?」

「大学出てから、どうすんの?」

「いや、そう言われても」

 そもそも行けるかどうかが今の体調ではわからない。修平は口ごもった。

「なんにも決めてないんだ」

 早紀が言った。

「私さっき思ったんだよね。最近幽霊と結城さんのことばっかり考えてて、自分のやるべきことを忘れてたって」

「やるべきことって何」

「文章を書くこと」

 早紀はそう言ってまた本に目を戻した。修平は困って百合の方を見たが、目が合った瞬間に百合は顔をそらせた。




 修平は本棚をひととおり見て回ってから、カウンターに近づいた。

「本は特に異常なかったよ」

「そう」

 百合は本から顔を上げなかった。

「あのさ」

 修平が話しかけた。

「百合は将来、図書館司書になるんだよね?」

「資格は取れると思うけど、求人はものすごく少ないから、たぶんいったん企業に就職することになると思う」

 百合は本から顔を上げずに答えた。なんとなく拒絶を感じた修平は、その場を離れた。


 その後、早紀が百合に近づいてきて、

「カッパ、ウザくない?」

 と尋ねた。

「少しね」

 百合はやはり本を見たまま答えた。

「伊藤ちゃん、奈良崎と付き合ってみる気ない?」

 早紀がそう言ったので、百合は顔を上げた。めんどくさいと思いながら。

「いい奴だし、優しくてイケメンだし、話してて楽しいよ」

「新橋さん、奈良崎のこと好きなの?」

「ううん、好きなのは結城さん。でも奈良崎も友達としてはいい奴」

「友達としてはね」

 百合は笑った。

「私は、誰とも付き合う気がないの」

「なんで?」

「一人で神と向き合いたいから」

『神』という単語に引いたのか、早紀は元の場所に戻って読書を再開した。その後は誰もしゃべらず、夕方に河合先生が『もう帰る時間だぞ〜』と言いに来るまでみな無言だった。早紀は先生と『書くこと』について話そうとしていたが、時間が遅いからまた今度と言われていた。

 修平も何も言わずに帰っていった。百合はそれを意外に思い、少し寂しくも感じた。でも、自分が『誰とも付き合う気がない』言ったせいかもしれないとわかっていたので、鍵を返して、自分も帰ることにした。

 バス停に立っている間気になっていたのは『修平は将来、どうするつもりだろう?』ということだった。あの体の弱さでは普通に働くことは難しいだろう。どうやって生きていくつもりだろう。ずっと親に頼っていくのだろうか。そんな人を好きになって大丈夫だろうか──


 どうやら、自分は高谷修平が好きらしい。


 百合はそれに気づいて、まずいと思った。自分の理想は、ちゃんと働いて家族を守ってくれる強い男のはずだ。今だけ付き合うならともかく、将来はどうする?

 百合には、修平と一緒の未来が想像できなかった。

 働けないかもしれない人とどうやって暮らすのだろう?






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