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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年7月

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2017.7.8 土曜日 サキの日記

 朝起きた瞬間、頭の中でめっちゃいい音楽が鳴り響いた。

 忘れたくなくて、だけど自分では演奏できそうにないので、修平を叩き起こして説明したけどよくわからないようだったので、研究所に行って、結城さんと保坂(なぜか知らないけど朝からいた)に説明して、なんとなくそれっぽいものを弾いてもらった。

 ほんとは今日、奈々子に歌のレッスンをさせる日だったんだけど、奈々子は、


 今日はあなたの日ね。


 と言ったきり出てこなかった。結城さんは私のことを呆れていたが、保坂は、


 音楽の神が舞い降りた時は早めに残しておくべきだ。


 と言って、私の行動を非難しなかった。

 後で修平に、


 人をこき使う才能があるよね。


 と嫌味を言われたが、自分じゃできないことだったんだから仕方ないと思う。保坂は曲をPCに打ち込んで後でデータくれると言ってくれた。いい奴だ。

 所長は1階でビゼーの交響曲をかけながら猫のブラッシングをしていた。学校祭来れますかと聞いたら『努力する』と言っていた。それから、


 サキ君、僕に敬語使うのやめてくれないかな。


 と所長は言った。


 僕達、友達なんでしょ?


 と、でも、かなり年上だし、所長と話すと自然とですます体になってしまう。けじめをつけたいので今のままでいいですかと言ったら悲しそうな顔をされてしまった。でもこれ以上距離を近づけたくない。今のままがいい。

 私は残酷なことをしているだろうか?

 奈々子が出てこないので、私が結城さんと発声練習をした。けっこう雑談とかできて楽しく過ごせた。去年は花火の時しか来なかったけど、今年は学校祭にも来てくれるつもりらしい。


 うまいもんがあるなら食いたいし、

 あと、久方と中の人がどう動くか気になるしな。


 橋本には出てきてほしくない。去年は佐加が体当たりして追い出してくれたけど、今は仲良くなっちゃってるからどうなるかわからない。

 所長と散歩に行った。めっちゃ暑かったけど、秋倉の草原は輝いていた。夏の盛り、一番それらしい風景。北海道の、大いなる草原って感じの風景。その中を、帽子をかぶった所長が歩いていく。やっぱりどこか文学的なシーンに見えてしまう。とても純真な──


 イメージ、イメージ。


 私は所長と一緒に歩いていて、夢の世界ではなく、現実の秋倉町の駅前に着いた。所長はショコラティエのまりえさんにあいさつしに行き、まりえさんは私達にレモネードを出してくれた。この2人ほんとに付き合えばいいのに。お似合いだから。学校祭で仲良くならないかな。

 試作品のチョコレートをもらって帰ると、結城さんがまたラヴェルを弾いていて、保坂は1階で所長のCDを勝手にあさっていた。今では手に入りにくい音源がいくつかあると言って、強引に借りて帰っていった。

 私と所長はポット君がいれてくれたアイスコーヒーと一緒にもらったチョコを食べ、学校祭で奈々子が歌ったら何か変わるかなとか、橋本は本当は母親が恋しかったんじゃないかとか、要するに幽霊の話ばかりした。そうやって、話題にしたくないこと──所長は私が好きなのに、私にはその気がないこと──をうまく話題から外していた。

 でも、常に気になってしまう。モヤモヤと。

 自分のせいで誰かがつらい思いをしてないかと考えると、気分がすっきりしない。でも、勇気のときにそれで失敗したから、好きでもない人となんとなく付き合うようなことはもうしたくない。所長とは友達でいたい。



 夕食の時、平岸パパが、秋倉の駅はもうすぐなくなるという話をしていた。それで、今のうちに写真撮ってグッズを集めようと思っているらしい。

 駅がなくなったらますます人が来なくなって、この町の存在は忘れられていきそうだ。誰も知らない昔の人みたいに。

 部屋に戻ってから勉強しようとしたけど、所長のこととか結城さんのこととか、別なことばかり気になって集中できなかった。

 結城さんが私のことを好きになってくれればいいのに。

 奈々子はもう死んでるんだから。

 可能性は全くないわけではない。歳は離れすぎてるけど、男の人が10歳くらい年下の女の子と付き合う話はいくらでもあるし(男は年下の女の子が好きなはずでは?)奈々子の問題がきちんと片付いたら、結城さんだって新しい相手を探す気になるかもしれない。その時に私が目の前にいれば──そう、可能性はなくはない。

 私はそういう計画に夢中になってしまい、気がついたら問題集もアプリも何も進まないまま夜中になってしまっていた。

 やっぱり私が好きなのは結城さんだ。





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