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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年7月

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2017.7.3 月曜日 高谷修平 修平の誕生日

 朝、修平が目覚めると、新道先生がニコニコ顔で立っていた。

『お誕生日おめでとう』

 新道先生が言った。

『とうとう18歳ですね』

「おう、ありがとう」

 修平は寝ぼけながら答え、起き上がってしばらくぼんやりしてから、今日が本当に誕生日だと気づいた。

 18年も生きられるなんて驚きだ。




 平岸家に行くと、そこには客がいた。

「あれ?」

 食卓に父親を見つけた修平は驚いた。

「何してんの?いくら暇だからって」

「息子の誕生日に会いに来て悪いか?」

 高谷修二がコーヒーカップ片手に微笑んでいた。

「外にプレゼント置いといたけど、気づいた?」

「外?」

「玄関の横に置いてある」

 修平は玄関に戻ってみた。

 そこには、いかにも届いたばかりの、真新しい自転車が置いてあった。電動式のものだ。

「草原を走ったら気持ちいいだろうな」

 修平が中に戻ると、父親が言った。

「ありがとう」

 修平はお礼を言った。

「でも俺、自転車もうだいぶ乗ってないから、大丈夫かな?」

「練習しろ」



 修平は自転車に乗って学校へ行った。風が心地いい。いつもの草原の景色がものすごいスピードで過ぎていく。

 あっという間に、学校の前に着いた。そこには保坂がいた。

「うわ!何それ何それ?」

 新しい自転車に目ざとく気づいて近寄ってきた。

「誕生日だからもらった。電動式」

「へ〜!」

 保坂は自転車のまわりを回って、ひととおり観察してから、

「俺も乗ってみていい?」

 と言った。

「え?まあ、いいよ」

 なんとなく嫌な予感がしつつ言ってみると、

「おぉ〜!」

 保坂は素早く自転車に乗り、

「すげ〜すげ〜!フォー!」

 そのままどこかへ走り去ってしまった。

「おい!待て!」

 修平は慌てた。

「俺の自転車ァ!」




 なんとか保坂を捕まえて自転車を取り戻した後、教室で席についたとき、隣の伊藤が話しかけてきた。

「おはよう」

「おはよ」

「これ、あげる」

 伊藤が本屋の袋を差し出した。

「え?」

「今日、誕生日でしょ?」

「えっ?覚えててくれたの?やった〜!ありがとう!」

 修平は素直に喜んだ。後で中身を見たら『三浦綾子のことばと聖書』という本が入っていたので、『また布教されてる気がする』と少々落ち込んだが、何もなかった去年よりは明らかに進んでいると思い直した。クラスの他の人が達からもおめでとうと言われたり、小さなお菓子をもらったりした。

 授業中、修平は、

『今、学校にいて、普通に生活できている』

 という事実をかみしめていた。18歳になった。自分はもう病院にはいない。時々体調を崩しはするが、2年連続で、ここで誕生日を迎えられた。自分はもう普通に外で生きられる!そういう喜びを感じていた。


 平岸家に帰ると、平岸ママがせっせとごちそうを作っていて、父、修二はキッチンをうろついて、味見という名のつまみ食いをしていた。

「何やってんだよ」

 修平は父親に注意した。

「おう、帰ってたのか」

 修二は口をもごもごしながら笑った。

「明日、久方さんに会いに行くけど、お前も来る?」

「久方さん?行って何すんの?」

「結城に会って話を聞きたい。いいかげん演奏活動に戻る気はないのか──」

「ないと思うよ。あの様子だと」

 修平はそう答えた。それから、

「じゃあさあ、奈々子さんと一緒に演奏してみてくれない?」

 と言った。

「奈々子と?」

「まあ、サキに取りついてるから、見た目はサキだけど。昔みたいに3人で演奏できたら、喜ぶと思うんだよね」

「わかった」

 修二は快諾してくれた。そこにヨギナミがやってきて、セイコーマートで買ってきたのであろうお菓子をくれた。いろいろあってレストランの栗は買えなかったと言われた。

「別に栗ほしくないからいいよ。バイトは大丈夫?」

「しばらく休むことになった」

 ヨギナミは無表情で言うと、調理用具の洗い物を手伝い始めた。修平が廊下に出ると、狙ったようにあかねが現れた。ニヤニヤ笑いながら。

「やめろ!今日は妄想はやめろ!」

 修平が反射で耳をふさぎながら叫ぶと、

「レストランに保坂のオヤジが乗り込んできたんですって!」

 あかねが楽しそうに言った。

「ヨギナミを連れ去ろうとしたらしいわよ。それで店内でモメて、バイトはクビになったらしいわよ。そのまま父親と一緒にどっか行ってくれればよかったのに。いつまで居候する気なのかしらね?」

「そういうこと言うのやめろよ」

「なによ、いい子ぶっちゃって」

 あかねは去っていった。修平はキッチンに戻り、またつまみ食いをしていた父親を追い出した後、『何かやることあります?』と尋ねた。平岸ママに『主役は座ってなさい』と言われたので、テレビの間で夕方の情報番組を見てボーッとしていると、奈良崎と保坂、勇気がそろってやってきた。

 保坂はギターを持ってきていて、自分で作ったお祝いの歌を『フォー!』という余計な叫び声をやたらに入れて歌った。奈良崎は『今日のテンションおかしい』と言って笑い、勇気はずっと動画を撮っていた。歌が終わった頃に杉浦と藤木も来た。

 百合は来ないか。

 修平はパーティの間、ずっと玄関の方を気にしていたのだが、伊藤は来なかった。もっと声をかけておけばよかったと後悔した。それを除けば、楽しい時間が過ぎていった。おいしいものを食べ、ケーキを切ってふざけて、友達と遊んで、夜中になった。

「まるで奇跡だ」

 父、修二が空中を見ながらつぶやいた。

「正直に言うと、お前がこんなに長く生きられるとは思ってなかった」

「先生のおかげだけどね」

 修平は言った。

「でも俺は、そろそろ、先生に頼らずに生きたい」

「あれから何かわかったか?」

 修二が尋ねた。

「いや〜、最近は何も新しいことは出てこない。ただ、橋本がヨギナミに昔のことを話すようになってきた。そのうち何が起きたか教えてくれるかもしれない」

「そうか」

 修二がスマホを見た。

「ユエが話したがってる」

 それから、親子3人で話をした。ユエはあいかわらず息子の体調だけが心配で、『早く帰ってきな』を連発していた。修平はなだめるのに苦労した。

『せっかく元気になったなら、一緒に暮らしたいじゃないか。こっちにだっていい学校は腐るほどあるのにさ』

「秋倉がいいんだって。友達もいるし」

『いつか友達を連れておいでよ』

 ユエは言った。

『一回、息子の友達を家に呼んでみたいよ』

 今まで、そういうことが全くできていなかったからだ。

 修平はそのことについて考えてみた。奴らは体力があり余っているから、東京に連れて行ったらあちこち走り回って、自分の体力ではついていけないかもしれない。

 そもそも、保坂達は一緒に来てくれるだろうか?そんなに仲がよかっただろうか?考えているうちに自信がなくなってきたので、修平は別なことを考えることにした。

 伊藤百合のことを。

 次は百合の誕生日だ。何を渡そう?やっぱり本がいいか、それとももっとかわいい物の方がいいのか──。








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