2017.7.1 土曜日 サキの日記
名前も正確な言い回しも覚えてないけど、こんな話をどこかで読んだことがある。
江戸時代、ある偉い人が母親(義母だったかな)に、
「女の性欲はいつまで続くのですか」
というようなことを質問した。
母親は黙って、火鉢の灰を示した。
『灰になるまで』
つまり、死ぬまで、というのが、その答えだ。
私は結城さんに性欲を感じている。間違いない。奈々子が私の体を使って歌のレッスンをしている間、私は幽体離脱して見えなくなっていたので、結城さんに近づいて体中を至近距離でじっと見ていた。我ながらかなり変態だったと思う。思ったより耳が大きい。何かささやいてみたくなる。背中はいつ見ても広くて、飛びつきたくなる。足がめっちゃ細い。
結城さんを私のものにしたい。
結城さんと一つになりたい。
なのに、私に全然興味持ってくれない。奈々子のレッスンが終わって私が戻ると、『一人になりたいから』と言って追い出された。所長と麦茶を飲んでいたら『サキ君、今日はおかしいよ』と言われた。何かがおかしいと感じたらしい。
やっぱり私は結城さんのことが好きだ。
リオは正しい。恋と性欲はセットなのだ。
気分を落ち着けるために散歩に行くことにした。所長と一緒に散歩するの久しぶりだ。夏が来て、今日はめっちゃ暑い。草原には日陰がないから一面日光で輝いてる。ずっと歩いてたら熱中症になりそうだ。
所長はお気に入りのカンカン帽をかぶって、草原の真ん中で空を見上げていた。やっぱり絵になる。所長には悪いけど、やっぱり『草原にたたずむ少年』という、人々が抱きがちな原風景のイメージに、所長はぴったりなのだ。
所長は空に夢中だったので気づいていなかったけど、向こうからまりえさんが歩いてきていて、所長を見て笑いながら写真を撮っていた。
私も散歩してたんですよ〜。
とまりえさんは言い、『一緒にカフェに行きませんか?』と誘ってきた。私は断ったけど、所長はなんとなく申し訳なさそうな顔でこちらを見ていたので『行っていいですよ』と言ったら2人で向こう側へ歩いていってしまった。
このまま2人が仲良くなればいいのにと思った。
そしたら、私は少し楽になる。
私は落ち着くどころか、再び結城さんに会いたくなって、研究所に戻った。
2階からはあのトッカータが聞こえていた。いつまでこの曲を弾き続ける気なんだろう?
私は2階へ行き、結城さんの部屋のドアを開けようかどうか1時間くらい迷って、結局何もできずに帰ることにした。
私は何をやってるんだろう。
部屋でベッドの上に座り込んでもんもんとしてたら、奈々子が出てきた。
ナギのこと、本当に好き?
私はうなずいた。
じゃあ、もっとがんばらなきゃね。
奈々子がそう言ったので、私は驚いた。
だって、私はもう死んでるし、ナギは生きてるんだから。いつまでも私のことを考えて人生を無駄にするわけにもいかないでしょう。
新しい人と付き合わなきゃ。
奈々子はそう言って消えた。
がんばれと言われても。
あの頑なさをどうしたらいいんだ。
結城さんが好きなのはあんたでしょうよ。
私は更にもんもんとして、ベッドの上で暴れ回った。隣の修平が壁を叩いてきて『うめき声が聞こえるんだけど!?どうしたの?』と言ってきた。『結城さんへの性欲で暴れてました』とは言えないので無視した。
夕食の時、修平が、
俺の誕生日明後日なんだけど、
プレゼント用意してる?
とニヤニヤしながら言ってきたので、ヨギナミに『今年も栗ね』と言ったらヨギナミが『明日持ってくる』と言い、修平が『栗はやめろォ!』と叫んだ。
あかねがまた、
美少年が友達の誕生パーティーに言ったら『プレゼントはお前がいい』と言われて押し倒され──
みたいな話を始めたので、修平は『俺の誕生日は妄想禁止だぞ!!』と叫びながら皿を持ってテレビの間に逃げてしまった。
私はあかねに『あんたの性欲ってどうなってんの?』と尋ねた。すると、
ん〜、私自身にはあんまないかな。
とあっさり返された。
あくまでそういうことは創作の世界で起こることって感じ。
だそうだ。
ところで、研究所の2人はいつまで一緒に暮らすつもりなのかしら。もしかしたらこのまま一生添い遂げるんじゃない?ウフフフフ。
結城さんと所長で妄想されそうになったので私もテレビの間に逃げた。そして、修平に江戸時代の話をしてめっちゃ嫌がられてから、皿を洗って部屋に戻った。
私は結城さんと所長のことを考え、雑念を吹き飛ばすためにBBCを聴き、勉強することにした。
私は受験生なのに、いったい何をやってるんだろう。




