表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年6月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

861/1131

2017.6.28 水曜日 高谷修平

 百合が冷たい。

 いや、避けられている。

 修平はそう感じていた。教室では席が隣なので話はするのだが、なんとなくよそよそしい。目を合わせてくれず、『ふーん』とか『あ、そう』という返事しか返ってこない。

「名前で呼ばれるのそんなに嫌だった?」

 と聞いてみても、

「別にそうじゃないけど」

 と答えて黙ってしまう。そして、もう3日、図書室を開けていない。『受験勉強に専念したいから』と言って。しかし、勉強したいと言いながら、杉浦塾にも来ていなかった。

 一人になりたいのかな。

 でも何があったんだろう?

 修平は考えながら杉浦の家に向かった。今日は勇気、保坂、藤木が来ていた。杉浦が勝手に世界史の授業(というより、演説)をしている間、それぞれが好きな教科を勉強していた。

「ねえ」

 修平は小声で保坂に話しかけた。

「伊藤、最近変じゃない?」

「変?どこが?」

「なんとなくよそよそしいというか──」

「あー、伊藤ちゃんはたまにそういうことあるべ」

 保坂が言った。

「スマコンは『他に気になることがあって、人にかまってる余裕がなくなるのよ』って言ってたけど」

「他に気になること?やっぱ神?」

「神?なんでそこに神が出てくんの?」

「伊藤といえば神だろ」

「そうなの?」

「そうなのって……」

「君達、おしゃべりばかりしていないで学問に集中したまえ!」

 杉浦が厳しい目をして手を叩いた。修平は黙り、また考え始めた。

 百合は、同じグループの人には神の話はしていないのか?もしかして自分だけ?それはどういうことだ?なんで今自分は避けられてる?

「君は手が止まっている」

 杉浦が目ざとく見つけて、タブレットをのぞき込んできた。

「何かわからないところでもあるのかな?」

「高谷は伊藤ちゃんを神だと思ってるべ」

 何かを勘違いした保坂がそう言ってにやけた。

「えっ?」

 修平が驚くと、

「それは違うな。高谷は伊藤さんの信仰の話をしているのだよ。伊藤さんはカトリック信者だからね」

 杉浦がさらっと言った。

「そうなの?宗教の話しないから気づかなかった」 

 勇気が言った。

「伊藤さんはいかにもお母さんのような性格をしているから、このクラスの女子の中では一番早く結婚しそうだね。おそらく同じカトリック信者の男性とね」

 杉浦が言った。

「えっ?藤木と佐加が一番先だべや」

 保坂が言った。藤木が恥ずかしそうに手を振るしぐさをした。

「そういえば君達は親公認の仲だったな」

 杉浦がにやけた。

「式には呼んでくれたまえ。僕が祝辞を読んであげよう」

「やめろ!人の結婚式で持論を語るな!やる気なら招待しないぞ!」

 藤木が叫んだ。すると、

「ヤベえもう式とか考えてんのやべー!!」

 勇気がいつの間にか動画を撮っていて、おもしろそうに叫んだ。保坂もおもしろがって手を叩いた。

 修平は一人、静かに黙っていた。

 結婚。

 そうか。健康で、ずっと彼女がいる奴は、17とか18でもうそんなことを考えるんだ。しかも百合は『すぐ結婚しそうな人』に見えているんだ。

「ね〜佐加!藤木が結婚式の話してんだけど知ってる?」

 勇気が佐加にテレビ電話し始め、慌てた藤木は『バカ!やめろ!』と叫んでスマホを奪おうとしたが、

『うちでっかい式やりたい!300人くらい来て、ウエディングケーキが2メートルくらいあるやつ!』

 佐加はノリノリだった。『そんなバブル時代のようなことを言うものではない』と杉浦が真面目に言い、佐加は自分で考えた式のプランをしゃべりまくり、勇気と保坂はひたすらからかって爆笑していた。

 修平は騒ぎを無視して別な問題を解き始めた。しかし、『伊藤さんは同じカトリック信者と結婚するだろう』という杉浦の言葉が頭から離れなかった。きっと、普通に健康な、普通に働ける男と結婚して、子育てして家を買う──そんな一般的なイメージが浮かんだ。

 それは、体の弱い修平には、難しいことだった。

「お前今日元気ないね」

 帰り、勇気がそう言ってきた。

「考えてたんだよ」

 修平は正直に言った。

「みんなは当たり前に結婚したり就職したりできると思ってる。だけど俺は体が弱いから、それ以前に大学に通えるか、そもそも就職も難しいんじゃないかって言われてるんだよね」

「そうなの?普通に学校で6時間も座ってられるんだから、会社勤めは向いてんじゃない?俺はダメだけど。俺絶対普通の会社には就職できないもん」

「それはできないんじゃなくて『やりたくない』だろ?そうじゃなくて、俺の場合、本当に身体能力に限界があるんだよ」

「じゃあ、すっげ〜金持ちの女見つけて結婚するとか」

「そういう問題じゃねえよ」

「じゃあさ、修平は何がしたいの?」

 修平は言葉に詰まった。今まで『何ができるか』ばかり考えていて、『何をしたいか』はあまり考えたことがなかった。

「まずやりたいことを決めてさ、そこに向かって動いた方がいいよ。始めから諦めるんじゃなくて」

 勇気はそう言ってカフェに入っていった。

 修平は『やりたいこと』を考えながらアパートに戻った。そして、スマホのメモアプリを開き、少し迷ってから、

『親父のようなギタリストになること』

 と書き込み、それから、

『伊藤百合と結婚すること』

 と書いた。そしてまた少し考えて、2行目を消そうとした所に、平岸あかねが『もう夕飯できてるんだけど!?』と怒鳴りに来たので、スマホをポケットに入れて平岸家に向かった。

「17歳最後の晩餐よ。ウフフフフ。

 なのになんで煮魚なのよ!?」

 カレイを見たあかねが母親をにらんだ。平岸ママは『明日ごちそうを作ってあげるから今日は我慢しなさい』と言った。

「明日大変だよ」

 早紀が小声で言った。

「今から覚悟しといた方がいいよマジで」

「サキさ、結婚とか考えてる?」

「ハァ?」

「何でもない」

 修平は早めに食事を済ませ、部屋に戻り、メモアプリを見ながらじっと考えていた。消そうと思っていた2行目も、なぜか消せなかった。画面をじっと見て何度かタップしながら、夜中までずっと、自分が何をしたいのか考えていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ