2017.6.20 火曜日 ヨギナミ
試験2日目も何の問題もなく終わった。問題は3日目の数学だ。今日はクラス全員が杉浦家に集まって、佐加が『わかんね〜!』と叫ぶのを聞いていた。早紀は『入試に数学ないところ受けるから』やる気が出ないと言いつつ塾には来ていた。
ヨギナミは佐加から『サキさ〜、所長の気持ちにやっと気づいたらしいよ』と聞かされてそれが気になっていたのだが、こんなに人が多い所では聞けない。
おっさんとはLINEでやりとりしているが、所長のスマホを使っているので送ったら読まれてしまう。あたりさわりのないことしか話せていない。
幽霊とLINEのやり取りをしていると聞いて、みんな『何を話してるの?』と聞きたがったが、お互いに、最近起きたことを報告しあっているだけだった。
おっさん、チョコレートのイベントで久方さんがいじけてたって言ってた。幸せそうな人が多いから。
それに展示もテーマが『愛』だったから。
ヨギナミは言ってみた。早紀は『いじけてるようには見えなかったけど』と言い、佐加が『確かにあそこは彼氏連れてる人が多かった』と言った。それから、
サキが愛してあげればいいじゃ〜ん!
好かれてんだからさ〜!
佐加が言った。すると早紀は、
所長にそういうの感じたことない。
ときっぱり言った。
そういうことからは最も遠い人だと思ってた。
そういうことって?
ヨギナミが尋ねた。
恋愛とか性欲とか、そういうの。
所長とは、そういうのがない純粋な友達関係だと思ってた。
だから今どうしたらいいか困ってる。
早紀が言った。
あんな毎日遊びに行ってたら、
男は自分に気があるかもって思うべや。
保坂が呆れたように言った。
俺もそう思う。
高条が言った。
そんなつもりなかったもん。
早紀が言った。
初めはただの好奇心だったし、仲良くなってからも友達だったし、所長は私の前ではそんなそぶり見せないし。
それから早紀はスマコンに向かって、
昨日言われたことを考えてみたけど、
自分のどこが間違ってるのかわからない。
男の人に友情求めるのってそんなにおかしい?
別におかしくはないわ。
スマコンが言った。
でも現実問題として、久方さんはあなたを愛してしまっているのよ。
それは認めなくてはね。
見えないふりをするのではなくて。
私は今のままがいいのに。
早紀は言った。それからしばらくは、みんな黙って数学の問題を解き、佐加はあいかわらず『わかんね』と言い、杉浦に解説されていた。
所長さん、かわいそう。
ヨギナミは思った。所長の気持ちはだいぶ前からおっさんに聞いていたので、いつか想いが届く日が来るといいなと思っていたのだが、早紀にはその気が全くない。
私、ここ2、3日ずっと気が重くて。
帰り道で早紀が言った。
所長はそんなんじゃないと思ってたのに。
あたし達は去年から気づいてたけど?ねぇ〜?
あかねがヨギナミに同意を求めた。ヨギナミはうなずいた。
友達をなくしたような感じがする。
早紀が言った。
なんで?せっかく好かれてんのに。
あかねが尋ねた。
好きになってほしくなかった。
早紀が言った。その後、平岸家に着くまで、早紀は一言もしゃべらなかった。そしてあかねは『インスピレーションがわいたわ』と言って部屋にこもり、夕食に出てこなかった。早紀は夕食でも黙り込んでいて、落ち込んでいるように見えた。高谷は『最近は久方さんも森へは行ってないみたいだ』と言った。
先生に何かやりたいことないか聞いてるんだけど、遠慮して何も言わないんだよね。
とも言っていた。
夕食後、ヨギナミはおっさんに何を書こうか、スマホを見つめながら迷っていた。ここに書いたことは所長にも読まれてしまうのだ。さんざん悩んでから、
サキ、友達だと思ってた人に好かれて、とまどってるみたい。今のままがいいって言ってる。
と、本当のことを書いた。すると、
大丈夫だって。今の様子だと、創は告白する気全くないから。
ていうか、勇気がなさすぎるんだよな。
あいつも今のままがいいんだよ。友達のままが。
それから少しして、
俺はそれでいいとは思えないんだけどな。
と言ってきた。ヨギナミもそう思った。しかし早紀に無理強いはできない。現に早紀は、好きでもない高条と付き合ってすぐ別れてしまっている。たぶん今、所長と無理に恋愛しようとしてもうまくいかないだろう。
世の中うまくできてない。
ヨギナミはそう思いながら、今度は杉浦のことを考えた。全然好かれてないのに、諦めきれない相手のことを。
杉浦が優しすぎるからいけないのだ。
今日だって数学を教えてくれたし──




