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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年6月

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2017.6.17 土曜日 サキの日記

 気になることが1つ。

 奈々子と結城さんが歌の練習をしている間、私は空中に浮かんで様子を見ていた。今日は佐加もヨギナミもいなくて、所長が部屋に来て私達を見張っていた。

 所長は、ずっと、奈々子(つまり私)の方を見てた。

 時々結城さんの方も見るんだけど、それ以外ずっと私をじっと見つめていた。その目つきがなんだか──バカが母を見るときの目に似ていた。


 久方さんはサキのこと好きなの知ってる?


 勇気に聞かれたことがあるのを思い出した。クラスのみんなにもひととおり言われたことがあるセリフ。今までは聞き流していた。そんなことない。ただの友達だって。

 でも、今日の所長の様子を見ていたら、なんだか──


 辛いね。


 歌の合間に、奈々子がつぶやいた。


 辛い?何が?


 結城さんが尋ねた。


 相手を強く思っているのに、何もできないのが。


 奈々子が言った。それは誰のことだろう?結城さんと奈々子?私?それとも所長?

 所長はそれを聞いてうつむき、結城さんは黙ってピアノを弾き始め、奈々子はそれに合わせて歌った。オンブラマイフ。声に厚みが出てきた。これは本当に私の体が発している声なんだろうか?いや、私じゃない。奈々子だ。魂が入れ替わると、同じ体でも出す声が変わるのか。

 後で歌の歌詞調べたら所長っぽい歌だった。

 いとおしい木陰。

 そういう安らぎを求めて人は田舎に行くのだろう。

 歌のレッスンが終わって私が戻ると、結城さんはいきなりスカルボを弾き始めた。とっとと帰れって感じ。なんとなく拒絶されたような気がして、1階に降りていつものように結城さんの冷たさを愚痴った。今日は休みだったけど、学校で教室に座っていると時々昔のことを思い出してパニックというか動悸がすることも。

 所長はいつも話を聞いてくれる。

 恋とか、そういうのじゃないと思ってた。今までそんな風に感じたことがなかったから。

 でも、さっきの様子だと──


 奈々子さんも辛そうだね。


 所長が言った。


 両思いでも何もできないんだ。もう死んでるから。


 奈々子のことをすっかり忘れてた。私は彼女を成仏させるために歌わせてるんだっけ。まず学校祭で歌わせて、それでもダメなら秋浜祭だ。でも、それで何が変わるんだろう?何も変わらなかったら?一生奈々子が私についてくる?いつか体を完全に乗っ取られる?初島が言ってたみたいに?

 所長に聞いたら、


 もう一生このままかもしれないって、覚悟はしてるよ。


 と言っていた。話題は橋本に移った。最近出てこないので病院にも行っていないという。だけど、所長が朝起きたら、スマホに、ヨギナミと『おっさん』のやり取りが残っていたという。夜中にいろいろ話し合っているらしい。


 何も秘密にできないんだ。

 いっそ橋本専用のスマホも用意しようかって考えたんだけど、お金かかるし。


 そこまでする必要ないと言っておいた。所長は幽霊を大事にしすぎてる。

 そういえば、修平は何考えてんだろう?新道と離れる気はなさそうに見えるけど。


 前聞いたんだけど、新道先生の持つ力が、修平君の健康状態にも関わっているらしいよ。だから今離れるわけにはいかないらしい。

 修平君、最近調子よくないでしょう。


 所長が言った。


 ここ数日は元気そうでしたけど、何度か入院してましたしね。


 初島が言ってた『私達が幽霊を必要としてるからそこにいる』は、少なくとも修平には当てはまってる。でも私と所長は?きっとこうだ。所長は母親とつながりを持つために橋本が必要で、私は結城さんとつながるために奈々子が必要。でも、結城さんと会ったのは一年ちょっと前だ。それ以前にも奈々子はいた。私の目には見えなかったけど。

 私はなぜ奈々子を必要としていたのか?


 サキ君、大丈夫?毎日奈々子さんに体を使わせて。


 所長が心配そうに尋ねてきたので、私は練習中の所長の様子を思い出した。所長、私をじっと見てましたよね?って言ったら、真っ赤になってうつむいてしまった。

 やっぱり、そうなんだろうか?

 私は早めに帰ることにした。今日起きたことについてじっくり考えたかった。なのに、部屋で一人でいると嫌なことばかり思い出して、大事なことが考えられなくなる。

 私は平岸家に行った。 ヨギナミが帰ってきてて、夕飯の支度を手伝っていた。私はテレビの間でぼーっと画面を眺めた。

 所長、本当に私のこと好きなのかな。

 だとしたら、いつから?

 はじめ会った時はそんな感じしなかったし、昨日までそんなこと考えもしなかった。自分の体を抜け出して、第三者みたいな視点で見て、初めて気づいた。

 みんなには、あれが見えていたんだ。

 だからみんな同じことを言ったんだ。

『久方さんはサキのこと好きだと思う』って。

 どうしたらいいんだろう?そのうち告白とかされたら。でも所長は、私が結城さんのことを好きだって知ってる。だから何も言わないのかもしれない。

 何も起きないでほしい。

 これ以上変わってほしくない。

 研究所は私の安らぎの場所で、所長はそこの主だった。変わってほしくない。ここに恋愛が入ってきたら、絶対何かがおかしくなる。

 辛い。奈々子の言うとおりだ。何もかもうまくいってない。所長が私を好きだとしても、私が好きなのは結城さんだし、結城さんが好きなのは奈々子だし、奈々子はもう死んでる。


 夕食の後、修平に『新道をどうするの?一生一緒にいる気?』と聞いてみたら、


 それは無理だよ。

 いつかは1人で生きられるようにならないと。


 とだけ答えていなくなった。一応何か考えてはいるらしい。でもきっと、具体的な方法はわかってないんだろう。私もわからない。

 部屋に戻ってから結城さんのことを考えていたら、


 明日のイベント、お待ちしてます。

 車は結城さんが出してくれるそうです。


 と、ショコラティエのまりえさんから連絡が。LINE交換したの忘れてた。明日は札幌でチョコレートのイベントだ。試験前なのにこんなことしてていいんだろうか。


 明日、結城さんの車に乗る。

 所長もたぶん一緒だ。


 私はどうしたらいいんだろう?所長を傷つけたくない。勇気の時みたいに、好きでもないのに付き合うわけにはいかない。所長のことは好きだけど、それは友達だと思っていたからで、恋愛の『好き』とは違う。

 私はどうしたらいいんだろう?所長と会わない方がいいのか?でも研究所には行きたいし、歌の練習もある。


 あなた達はいつか付き合う。

 いえ、もう付き合っているようなものだと思っていた。


 そういえば奈々子が昔所長にそう言ってたっけ。きっと奈々子は気づいてたんだ。所長のあの様子に。いつも私と一緒にいたから。

 どうして私に教えてくれなかったんだろう?

 奈々子を呼んでみたけど、なぜか出てきてくれない。

 どうしよう。明日どんな風に振る舞ったらいいのか。

 全然わかんない。なんでこうなったんだろう?




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