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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年6月

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2017.6.6 火曜日 サキの日記

 河合先生が『もうすぐ試験だぞ〜』と呼びかけ始めた。今日は杉浦塾にヨギナミも来ていた。勇気と保坂も来てたけど、修平と伊藤ちゃんは図書室にいるため来ていない。保坂によると『スマコンが2人の邪魔をしに行ってる』とのこと。

 最初の一時間くらいは静かに勉強できたんだけど、なぜか奈々子が出てきて、みんなのノートや保坂のPCをのぞきこんだり、一人で自己満な世界史解説をしている杉浦をつついたりし始めた。何やってんのって聞いたら、


 杉浦、ヨギナミの気持ちに本当に気づいてないの?


 とか言い出した。いいから静かにしろと言ったら、自分に言われたと勘違いした杉浦に『待ちたまえ。これからがいいところなのだよ。革命の革新的なナントカがナントカで──』とさらに長くてウザい説明を聞くはめになった。

 すると勇気と保坂が『革命だァー!』『フォー!』と叫びながら杉浦のノートと教科書とタブレットを奪って廊下に逃げていき、杉浦が慌てて追いかけていった。ヨギナミと2人きりになったので、『奈々子がこう言ってたんだけど』と伝えたら真っ赤になっていた。

 しばらく待っていたが、革命男子どもは戻ってこない。静かに勉強できるからいいやと思ってたら、


 サキのお母さんって、どんな人?


 いきなり質問された。反射で『女優』って答えたけどちょっとびっくりした。そういえば、こっちに来てから親について聞かれたことはあまりなかった。


 お母さんって、サキにとってどんな人?


 さらによくわからない質問をされた。私はちょっと悩んで『40代の娘』と答えた。演技以外できることが何にもなくて、すごく世話が焼けるから。私は熱を出した時の、りんごむく以外何もできなかった母の話をした。


 りんごむいてそばにいてくれるだけ、まだ優しくない?

 私のお母さんは『私のごはんはどうするの?』って言ってたよ。


 ヨギナミの母親も、もっと手がかかる『40代の娘』だったらしい。それから私達は『平岸ママやスギママみたいな母親がほしかった』という話で盛り上がった。普通の母親ってきっとああいう人達のことなんだろうなと思って。

 私は、親にもっと近くにいてほしかったのだ。

 しばらくそんな感情忘れてた。いや、何度か思い出したことはあったと思う。震災で、一人でバカが帰ってくるのを待っていた時とか。でも、うちは2人とも忙しいから、いなくても仕方ないって思うようになっていた。

 夏休みになったら、一度帰ろうかな。

 と思っていたら、革命男子達が、なぜかお菓子の入った袋を抱えて戻ってきた。セコマに行っていたらしい。それからはただのお菓子おしゃべり会と化した。杉浦が戻ってこないのでどうしたのかと聞いたら『怒って部屋ですねてる』と言って勇気と保坂がヒヒッと笑った。それを聞いたヨギナミは、スニッカーズをいくつか持って杉浦の様子を見に行った。


 ほらね。やっぱり好きなんだ。

 早く告白しろって言ってあげてよ。


 今日の奈々子はうるさい。私は無視して四角いきびだんごをかじった。保坂と勇気は最近できたばかりのスマホゲームに夢中らしく、ガチャがどうとかパーティー編成がどうとかよくわからない話をしていた。帰る時間ギリギリになってヨギナミが戻ってきて、


『僕の熱意はいつも空回りしていて凡人には伝わらない』

 って言ってたよ。


 と言った。それを聞いた革命ボーイズは爆笑した。

 奈々子に乗せられたみたいで嫌だったけど、気になったので、帰り道でヨギナミに聞いてみた。『杉浦に告白しちゃえば?』と。すると、


 杉浦は私のこと好きじゃないもん。


 と言われた。そうなのか?杉浦の分際で女を選り好みできるとでも思っているのか?これを逃したら次はないと私は思うけど。

 ヨギナミは何でもできるから、他にいくらでもいい男を見つけられそうだ。私はそう言った。


 でも男の人って、

 何でもできる女の子は好きじゃないでしょ?

 ちょっと劣ってるくらいなのが好きなんでしょ?


 誰に聞いたんだそんな話って言ったら『昔の本に書いてあるんだって』と。それ、明治か昭和初期の話だと思うからもう古いよって教えておいた。それから、今は女も仕事ができて収入がないと、いい結婚相手は見つからない時代だよということも説明した。杉浦に影響されて昭和の価値観で世の中を見るようになったら困る。


 今はできる女の方がモテるって。

 ヨギナミ、都会に出なよ。絶対モテるから。


 私は本当に心からそう思って言ってあげたのに、ヨギナミは、


 それはないと思う。


 ときっぱり言って、聞く耳をもってくれなかった。

 なんか悔しい。





 夕食の後、奈々子が現れて、


 さっきは勉強の邪魔してごめんなさい。


 と言って床に正座してた。ちょうど英語のアプリをやろうとしていた所だったので『今まさに邪魔なんだけど』と言ったらすねた顔をした。


 でも、伝えたいことは生きているうちに伝えた方がいいと思うの。私みたいに、いつ死ぬかわからないでしょ?

 生きてる頃って、なぜか永遠にこれが続くような気がして、時間が限られてることに気づけないでしょ?


 それから奈々子は、


 サキは、もっとお母さんと一緒にいたかったよね?


 と言った。昼間考えてたことが伝わってしまったらしい。


 3才くらいの頃よく私に言ってた。『どうしてお母さんは出かけちゃうの?』『いつ戻ってくるの?』みたいなことを、子供らしい言い方で。


 そうなんだ。全然覚えてない。


 ちょうど、私が見えなくなった4才の頃から、そういうことを一切言わなくなったの。きっと諦めたのよ。成長して理解したのかも。そういう人達なんだって。

 私、あなたの母親には正直、腹が立ってるの。


 奈々子が言った。私は驚いた。


 自分の仕事の自慢ばっかりメールで送ってきて、全然帰ってこないんだもの。代わりにおバカさんが帰ってきてふざけてたけど、それはやっぱり、子供が求めてる母親の優しさとは違うわけじゃない?私ずっと、これはまずいと思ってた。私が母親代わりになろうかとすら思った。でもあなたにはなぜか、私の姿は見えてなかったし──


 母親代わりはウザいからやめてね。


 私は言った。それから、あの母が四六時中近くにいても役に立たなくてうっとおしいだけだから別に今は大丈夫と言っておいた。


 本当にそう思ってる?


 いいからもう引っ込んでよ。英語の勉強したい。


 私はアプリをやり始めた。奈々子はいさぎよく黙った。たぶん20分くらい勉強してたと思うけど、ふと思い出して、妙子に『今何してる?』って聞いてみた。意外なことにすぐ返事が来た。


 音響機械の不具合で待機になっちゃったから、みんなで近くの小料理屋にいます。

 小鉢の数がすごいでしょ。


 画面いっぱいに料理が並んでる写真が送られてきた。夏休みに帰ろうかなって言ったら、自分が私の誕生日にこっち来るって言われた。

 あの人に会って私、何を話すんだろう?春休みに会った時も中途半端だったし、バカからは毎日バカピョンなメッセージが一方的に送られてきてほぼスルーしてるので、今日も返信は控えることにした。

 私は平岸ママみたいな母親がほしかった。でも、あかねは自分の親をものすごく嫌っていて、しょっちゅう『料理しかできないバカ』みたいな言い方をする。あかねがほしかったのはもっとクリエイティブな仕事をしている母親だ。漫画家とか作家とかアニメクリエイターとか──女優とか。あかねは私をうらやましがる。両親がクリエイティブ系(だとは私は思ってないんだけど)だから。

 あかねには、自分が持っている恵みの数々が見えていない。何もしなくても完璧な食事が一日3度出て、衣服もベッドも全て整えられていることの幸せがわかっていない。全部自分でやったらどれだけ大変か。一回一人暮らしでもして思い知ればいいのに。

 マンションに戻ったらシーツをコインランドリーに持っていかなきゃな、と私が考えていると、バカから、


 アドリブ禁止令出されたピョーン(泣)


 というどうでもいいメッセージが。いつも好き勝手にしゃべって台本を無視してるからだろう。どこかの大手劇団では『作品の魅力の80%は台本にある』として、アドリブを全面的に禁止している。でも、うちのバカはどうでもいいことを好き勝手にしゃべるのが好きなので、アドリブが止まらない。カントクはそれを上手く利用している。しかし、それは他のドラマでは通用しない。

 どうするバカ?

 せいぜいがんばれバカ。


 うちの親はこういう人達なのだ。芸しかできない人達。家事とか日常的なことを求めてもムダだと、付き合っていればそのうち誰もが悟る。

 でも、本当は、もう少し普通の親でいてほしかったのかもしれない。


 ヨギナミが鍵を回収しに来た。ベッドが整えられてたり食事が出てきたりするの楽でいいよねと言ったら、


 でも、たまには自分でやらないと、

 やり方忘れちゃいそうで心配。

 今度夕食作らせてもらおうかなと思ってるの。


 ヨギナミは真面目だった。私は平岸ママにまかせっぱなしの自分を少し反省した。でも夕食作ってあかねや修平にケチつけられるの嫌じゃない?って言ったら、


 うちの母よりきつい人はいないから大丈夫。

 食事のたびに文句言われてたから。


 と、それ大丈夫なの?何が大丈夫なの?って思ってる間に、ヨギナミは静かに出ていってしまった。

 私はBBCをぼーっと聞きながら、自分の恵みを思った。

 妙子もバカも家では役立たずだけど、少なくとも私のやることを非難したり、悪口を言ってきたことは一度もないな、と。遠回しに皮肉っぽいこと言われてちょっと腹立つことはあるけど。





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