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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年6月

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2017.6.3 土曜日 音楽室 高谷修平

 音楽室には、第2グループ(伊藤、スマコン、保坂、奈良崎)と修平、そして、早紀の体にとりついた奈々子がいた。奈々子が歌い、保坂がそれにうまく伴奏をつけた。スマコンと伊藤はそれを座って見守っていた。奈良崎もほぼ何もせずに見ていた。

 修平は奈々子を気にしつつ、伊藤の方もちらちらと見ていた。伊藤とスマコンが仲良く話しているのが気になった。時々奈良崎も話に参加している。伊藤のことが好きな人がここに3人もいる。

 いや、今は奈々子さんの歌の練習を見なくては。

 修平は歌に集中しようとしたが、なかなかうまくいかなかった。

 奈々子は気持ちよさそうに歌っている。だが、

「この体だとやっぱり声が出ないなあ」

 と言っていた。きちんと発声練習していた自分の体とはやはり違うらしい。

「いや、でもけっこう声量上がってきたっすよ」

 保坂が言った。

「ほんと?」

 奈々子(顔は早紀)が嬉しそうに笑った。今日はとても機嫌がよく、ずっとニコニコしている。早紀もこうだったらかわいいんだけどなと修平は思った。早紀は美人なのに、いつも、悩んでいるような難しい顔をしている。

「サキに毎日発声練習してほしいんだけど、さすがにそれを言うのは無理かなあ」

 奈々子が言った。

「新橋さんはお父様に似て、芸能に向いているのよ。でも本人はそれを知っても嫌がるでしょうね。人前に出ることはよくないことだと思っているから」

 スマコンが言った。

「美人なのにもったいないよね。アイドルやればできそうなのに」

 奈良崎が言うと、

「サキに『美人』って言うと怒り出すよ」

 奈々子が言った。

「本人は自分の顔が父親に似てると思ってるから」

「え〜!似てないしょや!」

 伊藤が叫んだ。声が大きかったので修平は少し驚いた。

「誤った思い込みを持つと、真実が見えなくなるものなのね」

 スマコンが言った。

「どっちかというと母親の顔をちょっと丸くした感じだよね」

 奈良崎が言った。

「はい!おしゃべりはそこまで!歌の練習に来てんすよ俺ら!」

 保坂が言った。奈々子がまた歌い始めた。そこそこきれいな声だ。でも、修平の父や結城が聴いていた『本人の体から出ていた声』とはやはり違うのだろう。映像が残っていたら見てみたかったと修平は思った。でも当時はインターネットもなく、携帯すら普及していなかった。『動画』という言葉も使われていなかった(『ビデオ』を撮る人はいたが、機械自体が高いので使う人はさほど多くなかった。時々子供の成長を撮るくらいだったと、前に病院で会ったおじいさんに聞いた)。

「ネットのない時代は、どうやって暇つぶししてたんですか?」

 休憩に入ってみんながお菓子を並べ始めた時、修平は尋ねた。

「やっぱり本かな。あと、ゲームも。スーパーファミコンがもうあったから。私は音楽が好きだったからCDと、ラジオをカセットテープに録音して聴いたりしてた。友達と一緒に行くのはCDショップか本屋か、たまにカラオケに行くくらい。お小遣いが限られてたから、今みたいに飲食店を利用する学生は少なかったと思うよ。今テレビ見てると、女子高生が普通にカフェに行って、千円くらいするもの食べててびっくりするんだけど、あのお金はどこから出てるの?」

「親が出してんでしょ。金持ちの子供達ですよ」

 奈良崎が言った。

「一回だけ、学校をサボって、友達とサンピアザ水族館に行って、マクドナルドに行ったことがある」

 奈々子はいたずらっぽく笑った。顔は早紀だったので不思議な感じがした。早紀がこういう笑い方をすることはあまりないからだ。

「あの時はドキドキした!楽しかったな!」

「俺らそういうことできないもんなぁ。カフェに行ったら一発でバレるし、他に行けるとこないしなあ」

 奈良崎が言った。

「サボろうにも場所がないよね。うちの村も店ないし、公園にいても知ってる人にすぐ見つかる」

 伊藤が言った。

「伊藤でもサボりたくなることあんの?」

 修平が聞くと、

「例えばの話です!」

 ムッとした顔で言い返された。

「あれ?でも久方さんと一緒にマクドナルド行ってたとか前に聞いたような」

「代金を出すのがけっこう大変だったの。貯金崩してたんだから。お昼代に500円もらうんだけど、実際は百円のパンとかおにぎりを2個くらいで済ませて、残ったお金を少しずつ貯めてたの。CDを買うためだったんだけど──」

「橋本に食われた」

 修平が笑って言った。

「たまにね。全額使うほどじゃなかったから」

 それから奈々子はこう言った。

「サキはこの町に来て正解だよ。あのまま東京にいたら、行く場所もなく変な所にはまりこんでいたかもしれない。怖い所なの、大都会って。家に居場所がなくなって行く所を探し始めたら、お金のかかる所ばかり行き着く。中には女子高生を狙ってるとんでもなくいかがわしい所もあって、そこからパパ活や売春に走ってく子もいる。お金のためにね。

 私そういうの大嫌いなの。平気でそういうことするようになったら人として終わりだと思ってる。だけど、現実に、子供が安心して行けるような所があまりにも少ないの。いいカフェとか見つけても、お金かかるでしょ?お金なくて街をさまよってたら、変な人に声をかけられたりするでしょ?今はネットで、自宅にいながら怪しい人からのお声がかかっちゃう。危ないと思う。

 サキはこの町に来てよかったんだよ。とりあえず、平岸家と創くんの家が居場所になってくれてる。最近カフェには行けてないみたいだけど──」

 奈々子はここで自分の口をふさいだ。

「しゃべりすぎちゃった。またサキに怒られる」

「でもわかる。テレビでたまに、お金のためだけにおじさんと付き合ってる人とか出てくるけど、私全然理解できないもん。なんでそんな気持ち悪いことができるのか。いくらお金がないからって」

 伊藤が言った。修平はそれを聞いてちょっと安心した。

「本当に飢えたら、そうも言ってられないのよ」

 スマコンが言った。

「そうだね。本で読んだことある。アフリカの貧しい国で、家族を食べさせるために売春するしかない女の子がいて、それで病気になって死んでいくって。その子は遊びやブランド物のことなんか考えてない。家族のために自分を犠牲にしたんだって」

 伊藤が言った。

「日本のお金目当ての子とそんな人を一緒にしてはいけないわね」

 スマコンが言った。

「でもさあ、根っこは同じなんじゃないかって気がしない?」

 奈良崎が言った。

「どっちもさ、自分が生活する場所は、自分の家にはないわけじゃん。よく『遊ぶ金ほしさ』って言うけどさ、そういう奴って絶対家にも学校にも居場所ない気がしない?金ほしさって結局『居場所ほしさ』なんじゃない?居場所を作るために、カフェ代がいるんだよ」

「奈良崎ってたまに深いこと言うべ?」

 保坂が自分を自慢するように言って笑った。

「たまに!?」

 奈良崎が叫んだ。こんどはみんなが笑った。

「東京にはあんなに建物があるのに、子供の居場所がないなんておかしな話。でも、私が子供の頃居場所にしてたまるやまいちばも、今はもうない。空き地で遊んでも今は不法侵入になる。札幌も同じか。秋倉も変わんない?」

 奈々子が尋ねた。みんなが顔を見合わせた。どう答えていいか困っているようだった。

「俺ら今音楽室に集まってるじゃん。ここが居場所じゃん!」

 修平はわざと元気そうに言った。でも他の人はみんなそれぞれに何か考えているようだった。



「私、また余計な話しちゃったね」

 帰り道で奈々子がつぶやいた。

「そんなことないですよ」

 修平は言った。

「仲間ができたみたいで楽しかった」

 早紀の顔をした奈々子が言った。

「でも、もうサキを戻さなきゃ。機嫌悪いと思うけどあとはよろしくね」

「いつものことなんで大丈夫です」

 修平が言うと、奈々子が笑った──かと思うと、表情がみるみるうちに険しくなり、早紀が戻ってきて、

「私って、そんなにいつも機嫌悪い?」

 と言った。

「はい笑って!笑って!美人なんだから〜」

 修平はふざけて言った。すると、早紀は嫌そうな顔をして、黙って先に歩いて行ってしまった。かなりの早足で。

 修平はしばらく立ち止まって、その後ろ姿を見ていた。

『修平君、どうしました?』

 新道先生が現れた。

「俺が入院してる間に、みんなはいろんな経験をしてたんだなと思って」

『君の方がよほどいろいろなことを経験していると思いますけどね。普通の人はしない経験を』

「そうだけど、でも俺は、自分の居場所とかあんまり考えたことなかった。病院にいるしかなくて基本外出れなかったし。自分で自分のいる場所を決められたのは、ここに来た時が初めてだったし」

 修平は頭を軽くひっかいてから、歩き始めた。

「でも、奈々子さんの言う通りかもね。サキは大人に対して警戒心がなさすぎるから、東京にいたら変な奴に引っかかってたかもしれない」

『同年代にはあいかわらず心を開いていないようですけどね』

「そう見える?」

『見えます』

 2人は夕日の中を、平岸家まで歩いていった。こんな些細なことだって、昔はできなかったのだ。外を歩くということすら。







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