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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年5月

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2017.5.27 土曜日 サキの日記

 杉浦塾へ行った。ほんとは研究所に行きたかったんだけど、しばらく行かないって言っちゃったし、奈々子を結城さんに会わせたくない。

 勇気が来てた。気まずい。でも保坂も来てて、男子2人でずっと何かやってたので、私は特に話すこともなかった。伊藤ちゃんが来てて、修平のことを聞かれた。明日には退院してくると言ったら嬉しそうだった。奈良崎とスマコンは来ないのかって言ってみたら『あの2人は進学しないし、杉浦を嫌ってるから』と言われた。スマコンはともかく、奈良崎はもっと伊藤ちゃんのために努力すべきだと思う。本当に好きなら。

 杉浦の家はいつも本だらけ。しかも、表紙が茶色くなったような古いものばかり。しかも『全てデータ化したい』とか言ってる。永遠に終わらなさそうな仕事だ。電子書籍買った方が早いよと言ってみたけど、昔のものはないし、人気がないとすぐ売られなくなるのは電子でも同じだからと言われた。

 全ての本を記録に残す。おもしろそうだけど不可能な話だ。本だけじゃない。芸術も何もかも、必要とされないものは消えていく。でも、100年前とかの個人の日記が残ってたらおもしろかっただろうなとは思う。出版された本ではなく、無名の一人の人間がこっそり書いていたもの。そういうものの方が当時の様子がわかっておもしろいと思うのに、全然残ってない。ネットに日記書いてる人はいるけど、やっぱり人目を意識していて、何でも書ける秘密の日記とは違う。

 ネットの日記は、外向けの広告みたいなものだ。

 私はもっと個人的な思いや感情を文字にしたい。

 勉強しなきゃいけないけどやる気が全くしない時どうしたらいいか、という話になったけど、杉浦は『それでも勉強を始めればやる気になってくる』と、優等生らしい役に立たないことしか言わない。伊藤ちゃんは『そういう時は本を読んじゃう』と言っていた。私はBBCに走ると言ったら『外国のニュースわかるなんて頭いいね』と言われてちょっと気まずくなった。『思い切って寝る』とか答えるべきだったのか。保坂は気晴らしにキーボードを弾くと言っていた。勇気はこの話題については何も話さなかった。私に話しかけてくることもなかった。

 悪いことしちゃったなって、勇気を見るたびに思う。

 でも、どうしようもないんだ、もう。

 杉浦は、


 モチベーションなどというものはそもそも存在しない。

 何か行動を起こすから、それがきっかけになって徐々にやる気が出てくるものなのだよ。

 つまり、やる気がなくても勉強を始めれば、そのうち集中できるというものだ。


 ということをしつこく言い続けた。言ってることは正しいのかもしれないけど、杉浦が言うとウザい。それに、その『勉強を始める』のがめんどくさくてできないからどうしたらいいかという話をしてるのに。


 とにかく教科書か問題集を開いちゃえばいいよ。

 それか、アプリ。


 と伊藤ちゃんが言った。すると保坂が、


 でも俺、スマホ持つとゲームやっちゃうんだよな〜。


 と言った。そしたら杉浦が『受験生なんだからゲームはアンインストールしろ』と言ったので、保坂と軽い言い争いになった。

 勇気がこの話題に入ってこないのは意外だった。『勉強も動画でやった方が早い』っていつも言ってたのに。今日はスマホも出さずに紙の問題集やってる。何か変だ。やっぱり私がいると気まずいのか?来ないほうがよかったかなと思った。

 

 スマコンが言ったんだけど、オンラインで話し合いができる時代に、集まって勉強する意味あるの?って。気が散るだけじゃない?って。

 私は意味があるって思いたいけど、杉浦ってさ、自分の意見を人に押し付けるだけで人の話聞かないんだよね。それじゃ、人を集めても意味ないじゃない?

 いろんな意見を聞けるからこそ多数の意味があるのに。


 帰りに伊藤ちゃんが言っていた。でも私は、答えが一つしかない学校の勉強はアプリで充分なんじゃないかと思った。ただ、自分で考えなきゃいけない小論文とか記述の問題は人に教わった方がいいけど。

 

 私は、答えが一つしかない問題なんてないと思ってるの。同じことでも人によって感じ方が違うしょや。色も感覚も。そういう『人によって違いがある』ということがわかってないと、杉浦みたいに、何でも自分と同じだと思いたがるでしょ?そして他人を認めなくなっていくしょや。


 と伊藤ちゃんは言っていた。わかるようなわからないような。

 杉浦にもよい所がないわけではない。どんな問題でも、お前AIかよと思うくらい正確に、そしてまわりくどくて長い説明をつけて答えを出してくれる。今の所間違っていたことはない。普段言ってることはおかしいけど、記述の答えとかはきちんとしてる。あれでも内面と外面を使い分けてはいるらしい。

 ただし、ウザい。このウザさの正体を説明するのは難しい。偉そうな態度とか押し付けがましさとか、そういうわかりやすいウザさもあるけど、そういう細かいことを超えたウザさが杉浦にはある。こんなことはネットの日記には書けない。いじめになっちゃうから。

 私もいじめられたことがあるから、いじめがよくないのは知ってる。深く人を傷つけて人生を壊してしまうから。でも、誰かを『ウザい』と思ったり、『こいつとは付き合いたくないな』と思ってしまうことはどうしてもある。

 そういう時に役に立つのが秘密の『個人の日記』だ。

 これはネットには出してはいけないのだ。インターネットは公共の空間で、そこに出されたものは全て『公式見解』となる。ネットは世間そのものだ。だから、人に言えない本音は、本来、ネットに載せてはいけないのだ。でも現実には、特にtwitterが、いけない本音だらけになって人を傷つけまくっているけれど。

 私がやりたいのは、今という時代の『本音』を書き残すこと。『今』の『私』にしかできないことをすることだ。でもそれはいわゆる『売れる』文章とは違う。徹底的にお金にならないことだ。

 私はどうやって生活費を稼げばいいんだろう?

 シナリオを書く?普通に就職する?

 どちらもできそうにない。



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