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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年5月

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2017.5.20 土曜日 サキの日記

 奈々子に結城さんと話をさせた。そしたら何かわかるんじゃないかと思って。でも、やめておけばよかった。


 わかってしまった。

 結城さんは、本当に、奈々子のことが好きだ。

 見ている目つきや声でわかる。

 私と話してる時とは全然違う。


 奈々子は結城さんに、


 いつまでここにいるつもり?


 と尋ねた。


 創くんはもう一人で生きていける。

 あなたはここで何をしてるの?

 そろそろ自分の人生に戻って、

 演奏をやり直してほしいの。


 でも結城さんは『それはできない』と言った。


 どうしてこんなことが起きたか、まだわかってない。


 そんなの、永久にわからないかもしれないよ?

 あなただけじゃない。創くんも、サキもそう。昔起きたことにこだわって今を台無しにしてる。

 せっかく生きているのに──


 生きてるからこそだ。

 まだやらなきゃいけないことがある。


 結城さんはピアノに向かい、あのトッカータを弾き始めた。奈々子は()()()で、いや、私の体全体でそれを聴いていた。それから、


 違う。


 と言った。


 あの演奏をいくら真似してもダメ。

 これはあなたの演奏じゃない。

 あなた自身の演奏じゃなきゃ。


 奈々子は結城さんに近づいていった。結城さんは立ち上がって手を伸ばし、奈々子の(つまり私の!)頬に触れた。2人は見つめ合っていた。やばい、キスしそう、と思った瞬間、私が体に戻った。結城さんの顔が目の前に──

 私は軽く叫びながら部屋を飛び出し、1階の所長の所に逃げた。2階からは聞いたことのない曲が流れていた。『たぶん自分で作ったんだと思う』と所長は言っていた。これも奈々子に聞かせたいんだろうか。

 私はどうしたらいいんだろう?

 なんとなくわかってたことだけど、やっぱり結城さんは奈々子のことしか考えてない。

 私の方を向いてくれる可能性はなさそうだ。

 さっき見た光景を頭の中で何度も繰り返し考えていたら、いつの間にか時間が経ってしまい、あかねが『夕飯!』と怒鳴りに来た。

 帰り道で今日起きたことを話したら、


 やっぱりあんたの体を使って、

 想いを遂げる気なんじゃない?

 ヤバいわよ。止めないと。


 と言われた。でも、私は落ち込んではいるけれど、なぜかもう、奈々子に嫉妬心みたいなのはわかなくなっていた。ただ、奈々子が体を使った後に残していったもの──間違いなく愛情──の暖かさみたいなのを感じて、どうして両思いなのに一緒にいられないんだろうと思ったりした。

 奈々子が生きていたら。

 そう思うけど、もうどうしようもない。


 


 夕食が終わってから、所長が『大丈夫?』と聞いてきた。不思議と何とも思わなかったと返事しておいた。本当は思うところはたくさんあるけど。

 全ては、橋本の死から始まった。

 それが、いろんな人の人生を変えてしまってる。

 今わかっているのは、初島が父親に虐待を受けていたらしいということ(まだ確定してない)、生前の橋本は、口は悪いけど優しい人だったということ。おそらく初島を助けようとして、何かが起きたのでは、ということ。

 初島があんなにも狂っているのは、そのせいなのだろうか。

 私も襲われた(未遂で終わったけど怖いものは怖い)後は狂いそうになったというか、実際、狂ってたと思う。そして、私の一部はその時に変わってしまったまま、今も戻っていない。そういう体験は女の子に大きな打撃を与える。心も体も、恐怖で変わってしまう。事件を連想させるものは全て怖くなる。いろんなものを避けるようになって

人生が狂う。

 もう気にしないでおこうと思ったのにまた思い出してしまった。何かきっかけがあるとすぐこのことを考えてしまうクセがついているみたい。

 頭を切り替えて勉強することにする。明日は真面目に杉浦塾に行くつもり。勇気がいたら気まずいけどいいんだ、もう。






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